インド・ミャンマー国境周辺の山岳地帯には、第2次世界大戦後に居住区域が2国に分断されたナガの人々が暮らす。ナガは少数民族の集合体であり、農村部では南アジアにおいて極めて稀少な、合唱様式の民謡が歌い継がれてきた。 本研究はそうしたナガの多声的合唱による民謡を対象とし、第一に各少数民族の伝統的な民謡の構造や歌詞、歌唱法、その社会文化的脈絡を調査・分析を行った。その結果、インド側のナガの中でも特にナガランド州南部に居住するチャケサン・ナガに豊かなポリフォニーの民謡が伝承され、今尚、棚田での稲作労働の際には労働歌が歌われていることが明らかとなった。チャケサン・ナガの居住地域は起伏が激しい丘陵地帯であり、農業機械が導入されず、ムレと呼ばれる小集団が全て人力で作業が行われる。即ち、農業を生業とする彼らにとって相互扶助は不可欠であり、そうした強固なコミュニティを維持するために「共に歌う」という歌唱行為が一つの媒体となっていることがわかった。 また近年インド側のナガ社会では、長年の独立紛争や軍事弾圧によって低迷した地元経済の復興を目的に、州政府の音楽振興政策や芸能の観光資源化が進行しており、伝統的な民謡をポピュラー音楽と融合させた新たな音楽も誕生している。本研究では第二に、こうした民謡へのまなざしの変化に着目し、大国インドの辺境で民族・宗教的にもマイノリティなナガの人々が、歌を通してローカリティを再生産していく様相についても追究した。 これらの研究の成果について、今年度は、一般雑誌2冊への投稿(『社会科Navi』『月刊みんぱく』)や2つの一般対象の講演・映画会(2019年11月:沖印友好協会主催・文化事業「インド:生活の中に息づく芸術」沖縄県立芸術大学、2019年12月:国立民族学博物館主催・みんぱく映画会「あまねく旋律」)の中で発表し、一般社会にも還元する機会を得た。
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