研究課題/領域番号 |
16K02250
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
高久 暁 日本大学, 芸術学部, 教授 (20328769)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | チェレプニン / 20世紀音楽史 / エコール・ド・パリ / ロシア音楽史 / 近現代日本音楽史 / 近現代中国音楽史 |
研究実績の概要 |
スイス・バーゼルのパウル・ザッハー財団にあるアレクサンドル・チェレプニンのアーカイヴにおいて、チェレプニンが残した複数の自伝の草稿(ひとつを除いて未完)と自伝的内容を含む書簡、日本に関わる音楽作品と編曲の自筆譜・スケッチ・浄書譜、中国に関わる音楽作品の自筆譜・スケッチ・出版譜の調査を行った。この作業と日本における諸文献、チェレプニンの最初の妻ルイジーン・ウィークスの日記を照合した結果、次の新たな知見を得た。 ①チェレプニンの側からのウィークスとの結婚生活への見解が明らかにされた。チェレプニンは1930年代半ばにおける日本及び中国での音楽活動について後年積極的に多くを語らなかったが、その理由は第2次世界大戦以降のチェレプニンの創作にとって日中両国での滞在の影響がいわば「過去」のものとなったこと、さらにウィークスとの生活に結婚当初から疑義を抱いていたことが一因だったと考えられる。 ②チェレプニンが残した日本に関わる音楽作品や編曲は、1930年代の日本滞在期に作られたものの他に、1940年代にパリで舞踊家・原田弘夫の求めに応じて作曲または編曲(日本音楽の録音の採譜など)されたものが含まれることが明らかになった。楽曲の最後で《越天楽》が引用されるバレエ音楽《女とその影》の前半部分に含まれる歌舞伎音楽から着想された音楽は、パリでの原田との共同作業から触発された可能性がある。 ③チェレプニンが作曲した中国に関わる作品のうち、ピアノとオーケストラのための幻想曲(ピアノ協奏曲第4番)op.78と《中国の詩による7つの歌曲》op.71について重点的に調査を行った。両作品の成立事情と音楽の内容には、二番目の妻ミンとの再婚を含む1930年代のチェレプニンの「中国体験」を土台とした、第2次世界大戦期のフランスにおける中国人コミュニティや中国文化との接触が重要な役割を果たしていたことが判明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
次の2点の理由による。 ①当研究において眼目となる、従来行われていなかったアレクサンドル・チェレプニン研究の方法論(複数のアーカイヴ調査の実施、調査資料から得られた知見の相互参照、チェレプニンの最初の妻ルイジーン・ウィークスの日記を研究に用いるなど)が相応の功を奏し、日本および中国滞在期以降のチェレプニンの音楽活動(ここでは演奏、創作、音楽出版事業ほか)について、これまでに知られていなかった新たな知見が次々に発見されつつあるため。 ②研究完成年度までに予想される研究成果をタイプの異なる成果物にまとめることによって、日本・中国におけるチェレプニン像とその活動についての知見を改め、国際的にも従来のチェレプニン研究のレベルを引き上げるに足る、いわば予想以上の成果が期待できるようになりつつあるため。
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今後の研究の推進方策 |
次を行う。 ①いわゆるチェレプニン・コレクションに関するカタログ・レゾネを日英二か国語で作成する。そのためにいくつかのエディションで残されている細かな疑問点の解消に努める。 ②パリで調査を行い、チェレプニン・コレクションの副産物的な出版楽譜として1948年に刊行された劉雪庵《中国組曲》と関連する文献、第2次世界大戦中のパリにおける中国人コミュニティの実態に関する文献の収集を行う。③パウル・ザッハー財団のチェレプニンのアーカイヴでは、チェレプニンの中国に関わる音楽作品と未整理の日本・中国関係の資料の調査を行う。④ニューヨーク州アイスリップにあるウィークス家の領地を視察し、ウィークス家の歴史に関する資料を調査・収集する。⑤舞踊家・原田弘夫の遺族とコンタクトを取り、チェレプニン関係の資料の有無を調査する。⑥アメリカおよびフランスのチェレプニンの遺族とコンタクトを取り、アーカイヴに寄贈されていないチェレプニンの一次資料について、遺族が所蔵しているであろうチェレプニン・コレクションについて、できる限り調査を行う。そのためにニューヨークのチェレプニン協会とも連携を取る。⑦中国・台湾におけるチェレプニンと関連する作曲家の研究について、今一度文献を中心とする調査を行う。⑧これらの調査をまとめ、日本及び中国におけるチェレプニンの活動を主な内容とする成果物の構想を開始する。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究代表者は2017年1月下旬に左ひざの慢性疾患を罹患した。医者の診察で海外渡航に問題なしとの診断を受けたため、2月に調査旅行に出かけたが、結果的に体力的に厳しいものとなった。そのため4月から9月にかけては、大学の業務や研究活動に支障を来さないようにするため、国外への調査旅行をあえて控えることにした。2018年3月に調査旅行を行ったが、これは精算の都合で上記の収支状況には反映されていない。研究に遅滞を来さないようにするため、すでに収集済の資料の整理・検討や国内での資料調査と収集を重点的に行った。 2017年秋には慢性疾患もほぼ治癒した安定した状態となったため、今年度は残されている問題を解決するために調査旅行を行い、当初の研究計画に記載したチェレプニン・コレクションのカタログ・レゾネの作成・印刷・配布を行う所存である。
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