本研究では、伝承の危機にさらされている音楽種目を次世代につないでいくためのメソッドの開発と検証を行った。平家(平家琵琶とも)は、『平家物語』を琵琶で語る音楽種目で、日本の貴重な文化遺産であるが、2015年の時点で伝承者は今井勉師(1958生、愛知県在住の盲人箏曲家)一人、伝承曲の数もわずかに8曲のみとなっており、しかも、今井師は、視覚障害と居住地のために、平家の指導が難しい状況にあった。そこで、本研究では、演奏CDおよびDVDを併用しつつ、江戸時代の伝承譜『平家正節』を中心教材として、五線譜を補助教材として、伝承用学習教材の作成を試み、3人の若手の邦楽演奏家にそれを使用した学習実践を行ってもらった。 3人の学習者は、CDおよびDVDにより、口頭的に学習を進め、記憶の補助に五線譜を用いることで、平家の基本的な音楽様式を身に付けたが、廃絶曲を演奏するためには、伝承譜が読めるようになる必要がある。『平家正節』は1776年に成立したが、語りそのものは盲人音楽家が口頭で伝えてきたために、現行の語りと多少齟齬があり、そのまま教材に用いることができない。そこで、現行曲8曲に関して、現行の語りに対応するよう『平家正節』を改訂し、それ用いることで、学習者は、体得した語りの旋律様式と『平家正節』の記譜法との関係を理解し、楽譜の読み方をかなり習得することができた。いっぽう、今井の師匠の世代の8曲の五線譜採譜が昭和中期になされたが、この五線譜と現行伝承にも多少の食い違いがあるので、この五線譜も現行の語りにあわせて改訂したうえで、『平家正節』の墨譜を追記し、歌詞の読みをわかりやすく表記した補助教材を作成した。 以上の教材の有効性を検証しつつ行った学習作業の成果は、国内外のいくつかの演奏会や学会で発表の機会を得、次第に評価されるようになってきており、平家の伝承の次世代への継承の見通しがたつようになった。
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