上村松園は、1890~1940年代に活躍した日本画家である。柔らかな色彩の美人画を多く描いたが、作品の完成から100年前後を経過した現在、女性の顔に塗られた白い絵具の剥落、茶色いシミの発生など、目に見える損傷が散見されるようになった。損傷の進行を防ぎ、作品の芸術性を保存するためには、松園の用いた技法材料と表現の学術的な調査分析が急務となっている。本研究では、数多く残されたスケッチ、模写帖、下絵および本画作品について実技的側面と科学分析の両観点から調査し、技法材料の同定、絵画構造、表現効果を検証する。その結果を統合した画像情報データを作成し、松園作品の技法と表現について解明することが目的である。 実績として、松園作品の代表作である東京国立博物館所蔵「焔」(大正7年作)、奈良ホテル所蔵「花嫁」(昭和9~10年作)の顔料と技法の分析を行った。調査結果から画材の特徴として、江戸時代以前から用いられていた伝統的な顔料の墨、胡粉、朱、群青、緑青に加えて、明治以降に使われ出した新しい顔料が検出された。技法はすべて薄塗と考えられていたが、厚みのあるモチーフは厚塗りをするなど、実感のある表現を追求していたと思われる。また、「焔」について、作家の自叙伝『青眉抄』に記述されていた絵の描き方と実際の描き方に違いがあり、実作品から技法を検証することの重要性を再認識した。 これらの検証結果は文化財保存修復学会で発表するとともに、作品所蔵館との情報共有を実施した。 最終年度は、保管されている文献資料や大量のスケッチ、下絵に書き込まれた色彩に関する記述を調査分類し、データ化および電子書籍化する作業を行った。調査できた縮図帖は7冊で、記載されているすべてのモチーフをテーマごとに分類するとともに、デジタル画面上でのピンチによる拡大を可能とし、資料研究の一助となることを期待した。
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