研究課題/領域番号 |
16K02260
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
尾崎 彰宏 東北大学, 文学研究科, 教授 (80160844)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | レンブラント / 美術市場 / 異種混交 / 共感 / 本質 / 属性 / ネーデルラント美術 |
研究実績の概要 |
昨年度に引き続き次の(1)から(3)の課題についてついて研究し、一定の見通しを得ることができた。 (1)観者との共感表現を考察する上でメルクマールとなる、初期レンブラント《イーゼルの前に立つ自画像》(ボストン美術館)では前面のイーゼルを大きく強調している。「情念を描く画家」としてレンブラントを特徴づけていることからも独特であった。こうしたレンブラントの「情念」を軸に据えた「共感表現」は、《復活》《埋葬》を完成するに際して「もっとも偉大でもっとも自然な感情」を表現しようと腐心したというレンブラントの言葉にも表されている。こうした姿勢は、これまで制作者としての姿勢と解されてきたが、実は、鑑賞者との共感関係こそが絵画の成否にかかわる、というレンブラントの信念の表明でもある。この姿勢が、レンブラントの《夜警》をはじめ、晩年に至るまでの作品にどのようにあらわれているのかを追跡したい。共感表現をスペクタクルにふさわしく仕上げ、市場にも訴えかける戦略であることを明らかにすることができた。 (2)レンブラントの評価史は、美術批評家の言説だけでなく、売り立てなどの記録も加味し、美的な趣味の変遷の中で捉える。もとよりネーデルラントの美術は、感覚の変遷、モードの変化こそが第一義的だという姿勢に貫かれている。つまりこれは本質ではなく、属性の重視である。ネーデルラント美術は、本質と属性とが逆転しているところに特徴があり、近代に先駆けていたのである。この点について文献調査を継続的におこなっており、今年度においてもう少し明確で具体的な結論を得たい。 (3)こうした研究からレンブラントが活躍したオランダの美術市場は、異種混交の場であり、鑑賞者を巻きこむ芸術的な競争の場であることを具体的に検討する足がかりをつかむことができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究を推敲していく課程で、いくつかの追加的な課題があることに気づき、本課題の研究の完成がやや遅れることになった。それは、当初「共感表現・スケクタクル・美術市場」の問題をヨーロッパの枠内で解決できると考えていたが、「グローバリズム」という視点を導入することが不可欠であると気づいたことによる。つまり、本研究の主要課題である都市の発達とそこで展開する美術市場に、オランダが深くかかわったヨーロッパの外からのインパクトを考慮することが不可欠であるとわかってきた。そのため、当初予定していた研究実施期間を延長することで、研究を深化させ、「共感・スペクタクル・美術市場」がダイナミックに結びつき創造的な「場」を創りだしていくことを明らかにしていく。
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今後の研究の推進方策 |
研究方法の再検討により「グロー バル」「〈アジア〉のインパクト」という視点を導入することで、本研究の主要課題「都市の発達と美術市場」をより革新的で発展性のある課題となるという見通しを得た。追加の海外調査と文献調査を実施し、「共感・スペクタクル・美術市場」が融合した近代を先取りした斬新な芸術空間が17世紀アムステルダムに出現したことを明らかにしたい。 オランダとアジアとの関係にまで研究範囲を広げ、アジアの事物やイメージ群がオランダの感性をどのように変えたのか、という消費者の側にも注目し、オランダ美術を「オランダ的なもの」表象とみなす、閉ざされた芸術観を問い直していきたい。本研究の課題がオランダの感性の変容を問うものである以上、当時大量にオランダに流入してきた中国磁器やムガルのミニアチュールのようなアジアのイメージ群がオランダの芸術表現に大きなインパクトを与え、その表現の新しさが市場を活性化させたことを具体的に探っていきたい。そうすることで、オランダの美術市場がさまざまな種類のイメージを結びつけ交換する媒体として機能したことが明らかになっていくに違いない。 以上、これらの観点を整理し、最終年度に研究成果をまとめていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
大学における新たな国際大学院プログラムの責任者として、グローバルな日本学を遂行することにエフォートの多くを割かざるを得ず、本研究課題を予定通り完了することが困難になった。しかしこのおかげでかえって、これまでみえなかった研究上の課題が浮かび上がってきた。それは、レンブラントの生きた17世紀のアムステルダムを浮かび上がらせるには、グローバルという視点を導入することが不可避であることに気づいたことだ。こうした流動的で脱境界的なアムステルダムを捉える視点が、都市化ということである。そうすることで、「市場、スペクタクル、共感」という本研究の主要課題が、アーバニゼーション(都会化)という点からみえてきた。つまり、都市の発達とそこで展開する美術市場にオランダがヨーロッパにもちこんだ〈アジア〉という新しい価値が大きなインパクトとなった。こうした点を加味した研究とするために、研究実施期間を延長することで、「共感・スペクタクル・美術市場」がダイナミックに融合して生まれたレンブラント論を仕上げたい。
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