研究課題/領域番号 |
16K02263
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研究機関 | お茶の水女子大学 |
研究代表者 |
天野 知香 お茶の水女子大学, 基幹研究院, 教授 (20282890)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 女性芸術家 / ジェンダー / フェミニズムアート / 両大戦間 / フランス / マリー・ローランサン / アイリーン・グレイ / 女性コレクター |
研究実績の概要 |
1)これまでの資料検討を続行すると同時に、2017年8月5日から24日の期間、イタリア、イギリス、フランス、ドイツで作品調査と資料収集を行った。イタリアではベネチア・ビエンナーレ、ドイツではカッセルのドクメンタにおける女性芸術家作品の展示や、フランクフルト現代美術館におけるキャロリー・シュニーマン(Carolee Schneemann)の個展などを通して、女性芸術家作品における身体やセクシュアリティをめぐる表象の事例や、ポストコロニアリズムとの関係など、研究の理論的な背景を確認した。ロンドンでは、テート・ブリテンで開催された『クイア』展を調査することを目的とし、特にレズビアンを含めた女性たちの協力と芸術生産との直接的な関係について、本研究に重要な示唆と情報を得ることができた。パリでは主にI.N.H.A(国立美術史研究所)の図書室で資料収集にあたった。さらに2017年12月25日から2018年1月6日、パリ、ロンドンの主要美術館、図書館を調査し、研究対象作家についての資料収集と作品調査を行った。 2)2017年7月に本研究の研究対象の一人であるアイリーン・グレイに関する拙論「モダニズムを差異化する アイリーン・グレイについて」が出版された(鈴木杜幾子編著、『西洋美術:作家・表象・研究 ジェンダー論の視座から』ブリュッケ)。本論はすでに本研究開始前に入稿していたが、出版が遅れたため、本研究で新たに得た知見を出版直前の校正時点で盛り込むことができ、本研究の成果の一部を示すものとなった。これまでル・コルビュジェとの関連で語られていたグレイの活動をむしろコルビュジェに代表される主流のモダニズムを差異化するものとして具体的な作品から分析し、さらに彼女の活動について、両義的なセクシュアリティをはらんだ彼女を取り巻く女性たちのミリューがはたした多面的な役割に言及した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は計画通りの資料収集と分析をすすめる一方で、従来の理論的な枠組みを批判的に捉え直す契機として、現代美術を含めた広範な女性芸術家の作例に触れ、その制作環境を考察することを試みた。時代的文化的状況の変化と作家たちの活動環境の差異は大きいが、一方で女性芸術を巡る状況と問題において一貫した関心と問題が存在する側面も確認された。 さらに調査をすすめる中で、アイリーン・グレイがジュリエット・レヴィのために制作した家具の検討などを通して、グレイが両大戦間フランスを特徴づけるコロニアリズムの背景の中で、非西欧の「プリミティフ」な要素を、同時代の装飾家たちと同様に援用しながらも、同時代の装飾家の多くがこうした要素を帝国主義的なイデオロギーを孕んだ意匠として展開したのに対し、グレイの場合、同時代の主流の様式が持つ男性性をむしろ差異化する結果をもたらした可能性が認められた。そしてこの要素は一人グレイの特質というより、グレイがジュリエット・レヴィという女性パトロンのために制作していたという事情も大きく作用しており、本研究における女性芸術家の生産現場における女性同士の人的ネットワークが作品自体の特質に及ぶケースとして注目された。 このように本年度は、これまでの継続的な資料収集や作品研究の結果、重要な知見をえると同時に大枠としての理論的な背景を充実させることができた。研究成果にも記した通り、特にアイリーン・グレイについての資料や作品については順調に収集・検討が進められることとなり、一部すでにその成果を発表する機会も得ることとなった。また、現在のイギリスのクイア美術史の展開などにも直接触れることで、研究の理論的な検討も深まった。しかし一方で、ケーススタディとして計画された両大戦間フランスにおける個々の女性芸術家をめぐる一次資料の収集は、なお十分とはいえず、今後の精力的な継続が必要である。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究の中で、ジュリエット・レヴィをはじめ、両大戦間に特にファッション業界などで力を持った女性パトロンの役割についての研究の重要性が実感された。そこでフランスの芸術を収集したヘレナ・ルビンシュタインをはじめとするアメリカの女性パトロンの調査をさらに拡大する。また、マリー・ローランサンの肖像画の注文主を中心に、研究の細部をなす一次資料の調査はなお今後も継続する必要があり、これまでの研究成果から得られた知見にもとづいて重点を絞りながらさらに研究を進めてゆく必要がある。さらにローランサン、グレイ以外の事例についても資料収集と作品調査を続行する。これまで通り今後もヨーロッパを中心に調査を進め、その必要性に鑑みつつ、可能ならアメリカでの調査も視野に入れながら、研究をすすめる。本年度は本研究にとって最終年度となるため、成果発表としての論文執筆に取り組む。
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