今年度は国内外で調査を行い伊勢物語絵の諸相を把握することができた。そしてメトロポリタン美術館蔵「伊勢物語図屏風」について、本研究の目的に沿った方向で成果を挙げその発表を行った。 まず調査については、6月に斎宮歴史博物館で「伊勢物語図屏風」と「伊勢物語絵巻」3巻を、9月にはチェスター・ビーティー図書館で「伊勢物語絵」3冊を、大英図書館で「伊勢物語図会」3巻、「伊勢物語画帖」断簡9図を調査した。それによりメトロポリタン本の図様がチェスター・ビーティー本系の図様の多くと同じ系統にあることが確認できた。他の作品についても、独自の伊勢物語理解に基づき特徴ある表現がなされていることが推測された。 そして11月には美術史学会西支部例会で以下のような成果を発表した。メトロポリタン本に描かれる12段17場面は、古注と呼ばれる系統の注釈書において、二条后と有常娘に比定される女性が登場する段ばかりである。二条后は業平の恋愛の相手として最重要であるものの、「密通した后」として女訓書等では批判的に取り上げられる一方、有常娘は世阿弥の謡曲「井筒」以降、「待つ女」「貞女」のイメージが定着し婦徳の鑑として顕彰されていく。本屏風ではこの二人と業平との関係を表しながら、定型化した伊勢物語絵の表現を見直し、その場面における人物の微妙な心の動きまでをも見せるような表現がなされている。また屏風に書かれた和歌の文字が、道澄(1544~1608年、近衛稙家の子、聖護院第26代門跡)の字に酷似することが判明した。本屏風の文字が制作と同時期に書かれたのならば、本屏風はこのような道澄の交流圏内にいる人物によって16世紀後半から17世紀前半頃に制作されたものと言える。 本研究では注釈書等の解釈にも踏み込んで伊勢物語絵の享受者の伊勢物語観を探ることを目指した。メトロポリタン本についてはその目的に沿った考察を深めることができたと考える。
|