最終年度の本年は、作品・文献・史料及び画像のデータベースを完成させるべく、データの整理、分析、充実化に努めた。また、今年度は中世の女性の仏教信仰に注目し作品や資料の調査を実施した。中でも髪繍や織物等に施された往生者・信仰者たる女性の姿に注目し、新たな図像としてデータベースに加えるとともに、データベースに「形態」の項目を新しく設けた意義は大きい。「形態」に注視することで、その検討対象が、絵画から工芸品にまで及ぶようになり、制作背景を考察するための重要な視点を得たからである。「縫う」「織る」行為そのものが信仰の証となる染織品には、多くの女性の往生者が見られ、女性がその制作に関与していたことが明らかである(作り手だけでなく注文主としても)。女性が図像構築に関与したとわかるイメージを比較対象に加えたことで、他の女性像に対するジェンダー観が浮き彫りとなり、制作者や受容者のジェンダー、sexualityの考察、そして作品の制作目的から機能の考察に至る可能性を見いだすことができた点も大きな成果であった。 一方、繰り越した海外調査が実現できたことも重要である。特にアイルランドのチェスタービーティ―ライブラリーでは『熊野の本地(冊子)』『竹取物語絵巻』『大江山絵巻』『玉藻の前(冊子)』『舞の本絵巻』等の奈良絵本の優品の調査では新たな発見もあった。例えば『熊野の本地』(冊子)には、類品とは異なる五衰殿女御の図像を見出し、「伏見常盤」(舞の本)からも女性の身体とジェンダーを考察する重要な示唆を得た。 一方、『八幡縁起』の不思議な図像の典拠や意味の考察も進展があった。本草学等の史料に類似の図を見出したのである。物語における図像の意味は考察を続けており、成果をいずれ論文で発表したい。なお「彦火々出見尊絵巻」に関する論文は、コロナ禍の影響で刊行が延期となってしまったが、年内には発表を行う予定である。
|