本研究は、中国の南北朝時代から宋時代までの石窟摩崖にあらわされた維摩経変を実地に調査して得た知見をもとに、維摩経変の図像学的研究を行うものである。 最終年度の本年度は、前年度に引き続いて敦煌地域の唐宋期の石窟および新疆ウイグル自治区トルファンの拝錫哈石窟などの実地調査を行い、維摩経変の図像データの収集を進めるとともに、図像・題記のデータと維摩経の経軌との照合を行うなど、維摩経変に描かれた各モチーフの図像表現について考察し、隋唐時代の維摩経変図像に関する研究成果を発表した。 研究成果として、初唐期の敦煌莫高窟の正壁仏龕内にあらわされた維摩経変図像の典拠が玄奘訳『説無垢称経』であることを明らかにできたことは大きい。また、初唐以降の維摩経変には基本的に中国皇帝の姿が描かれており、中国の世俗権と仏教との関わりが視覚的に表現されている。こうした特徴的なモティーフを伴う唐代以降の維摩経変には、維摩詰と文殊菩薩の弁論の場が中国の国土であるとともに、中国の仏国土化が中国皇帝によって成されるものであることが示唆されていると考えられる。加えて、窟内において未来世を暗示する北壁の位置に描かれた維摩経変には、中国が未来世に引き継がれる仏法継承の地であるとの含意を読み取ることも可能である。以上のように、窟内における壁画の配置と主題選択・図像の意味とが有機的に関連していることを、本研究によって具体的に解明することができた。
|