研究課題/領域番号 |
16K02335
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研究機関 | 武蔵大学 |
研究代表者 |
香川 檀 武蔵大学, 人文学部, 教授 (10386352)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | ドイツ美術 / 戦後ドイツ / ダダ / アヴァンギャルド / 前衛芸術 / 現代アート / ジェンダー |
研究実績の概要 |
本研究プロジェクトは、戦後ドイツの美術に、戦前のいわゆる「歴史的アヴァンギャルド」(とくにダダ・シュルレアリスム)がどのように再評価され受容されているかの調査を目的としている。平成28年度の研究計画は、(1)戦間期1920年代の具象絵画と戦後美術との関係の調査、(2)戦後ドイツにおけるダダの再評価の調査、および(3)日本およびドイツの研究者との交流、の3点である。 1.戦間期ドイツの具象絵画に関する調査:戦後ドイツ美術に受容される戦前の絵画様式として、ダダとその流れを汲む新即物主義ないし魔術的レアリスムについて資料を調査した。その結果、戦間期のドイツ美術界に、従来のようにイタリア形而上絵画の影響だけでなく、オランダ絵画の影響が見られ、それによって、フランスのシュルレアリスムとは異なる、ドイツ独自の即物性と幻想性を融合させた「魔術的レアリスム」が生まれたことが確認できた。この成果の一部は、雑誌『ユリイカ』(特集:ダダ・シュルレアリスムの21世紀)に発表した。 2.戦後ドイツのダダ受容:戦前のダダ運動が戦後ドイツにおいて再評価される過程は、大別して第1期(1950年代末~1960年代)と、第2期(1970年代後半~1980年代)とに分かれ、ダダの思想や作品解釈が大きく変化していることが分かった。ここには、モダニズムからポスト・モダンへの思想潮流の変化が影響していると考えられる。成果は、美学会全国大会シンポジウムの報告として発表し、同報告書にまとめた。 3.研究交流:国内では、ダダの作品を収集する京都国立近代美術館の学芸員と情報交換したほか、夏季のドイツ出張においてマンハイムやベルリンで美術研究者と交流した。このうち、写真を中心とする視覚芸術の研究者カタリーナ・ズュコラ氏を平成29年11月に日本に招聘することになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究交流のなかで、ドイツのダダ研究の第一人者ハンネ・ベルギウス氏(元ハレ大学美術史教授)と知己を得たことは予想外のことで、2016年4月にチューリヒで行われたダダ百周年の記念シンポジウムで氏が発表された戦後ドイツにおけるダダ受容に関する未刊行原稿を直接いただくことができた。 この発表原稿は、戦後ドイツにおいて戦前のダダがどのように発見され、美術界のなかで展覧会を中心にダダが再構成され、それがアカデミズムの研究動向や芸術思想の変化といかに関連していたかを略述したもので、本研究プロジェクトの研究テーマと密接に関わる内容であり、示唆に富んでいた。とくに、初期のダダ受容(1950年代末~1960年代)には芸術と生(現実)との統一というモダニズム芸術の企図からハプニングのような社会空間への介入が行われたのに対し、第二波のダダ受容(1970年代半ば~1980年代)にはポストモダンの思潮のなかでアカデミズムの研究対象として脱構築的に解釈されていったという指摘が、非常に参考になった。昨年の夏以降に集中的に行なった戦後ドイツ美術の展開とその思想的背景に関する調査、とくにペーター・スローターダイクの芸術思想とダダとの関係の研究に、ベルギウス氏の論考は大きな手がかりを与えてくれた。成果は、私の戦後ダダ受容に関する美学会シンポジウムの報告にまとめることができた。今後も継続的に交流をはかり、本研究プロジェクトの成果に反映させていきたい。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度の以上のような成果に基づき、研究目的の達成のために29年度は以下の点に力を傾注する。 1.当初の計画案のとおり、戦前アヴァンギャルドと戦後アートに関する資料の収集と調査、および図書館やアーカイヴでの資料調査を継続する。とくに、ダダ受容のより詳細な実態や、個別作家についての戦前・戦後の活動状況などに関する資料を収集する。また、戦後世代のアーティストで、ダダその他の戦前アヴァンギャルドの影響をつよく受けた作家についても調査を進める。 2.昨年のドイツ調査旅行で入手した資料と、視察したダダ展覧会に、ダダを始めとする戦前アヴァンギャルドが、アフリカやアジア・アセアニアの文化をどのように採り入れ、西洋芸術の規範を批判的に解体したかをテーマにしたものが複数あった。これは、戦前アヴァンギャルドが生んだ革新的表現の一部であり、現代アートに引き継がれる重要な側面でもあると考えられるため、資料調査を重ねて今年度中に論考にまとめる。 3.昨年度に実現したドイツの前衛芸術および視覚芸術研究者のネットワークを活かし、研究交流をさらに深めるため、ドイツから研究者を招聘して国内で2~3回の講演会ないしワークショップを開催する。具体的には、ブラウンシュヴァイク芸術大学教授のカタリーナ・ズュコラ氏をお招きする予定で、氏とすでに計画を作成中である。ズュコラ氏は絵画・写真・映画の比較メディア論が専門で、視覚文化におけるジェンダーと作家性の構築に関する研究でも実績のある研究者なので、表象文化論学会やイメージ&ジェンダー研究会で講演していただき、日本の研究者との交流の場を広げていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
前年度3月に予定していた海外出張が、大学業務のために行えなかったため、旅費その他を物品費などに振り替えて研究に必要な書籍などを購入したが、残額が発生してしまった。
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度の8月に予定しているドイツ調査出張が複数の都市をまわる大掛かりなものになるので、その調査出張費の追加予算として充てるのが、有効な使用方法と思われる。
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