研究課題/領域番号 |
16K02374
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研究機関 | 東京女子大学 |
研究代表者 |
今井 久代 東京女子大学, 現代教養学部, 教授 (90338955)
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研究分担者 |
木谷 眞理子 成蹊大学, 文学部, 教授 (00439506)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 狭衣物語 / 異本系本文 |
研究実績の概要 |
『狭衣物語』巻一について検討した。この巻の前三分の二ほどは主人公狭衣の紹介と従妹源氏の宮への恋情が描かれる。この部分については、およそ三者三様の傾向が見られた。すなわち、多量の物語・仏典引用や独自の挿話を抱える一方で、親の溺愛にまつわる挿話を簡略に描き、総じて深い道心と厭世観を抱く狭衣像を結ぶ深川本と、本研究の対象である異本系本文とが、もっとも対照的な物語世界を紡いでいる。異本系本文では仏典引用や物語引用は最小限に抑えられ、一方で両親特に父堀河大臣の溺愛が音楽をめぐる挿話にいかされて、物語前半の山場、天稚御子降臨に繋がる。天稚御子降臨に至る狭衣の笛の独奏に至る経緯といい、異本系本文がもっとも巧みに天稚御子降臨譚を物語に取り込み、妹として育てられた従妹源氏の宮への悲恋の背景―狭衣自身が望む生き方を否定してしまう親の愛―として描ききっている。流布本系(伝清範本)は、深川本と異本系の中間的性格をもっている。 後三分の一に当たる飛鳥井君物語では、深川本と流布本系が近づきエピソードの扱い等はおおよそ一致する。総じて威儀師や乳母といった個性的な脇役、説話的(下世話な)挿話を追い求めてゆくのがこの二系統である(深川本にその傾向が顕著)。一方で異本系はこれらの挿話に深入りしない分、一貫して狭衣との恋愛に未来を思い描かず、身の程を見つめて狭衣への恋情を圧殺し続ける飛鳥井君の心情を描いてゆき、最後に死という形で、自ら諦めてきた心情を形にする女主人公として位置づける。 改作である異本系本文の特徴の確認を通じ、『狭衣物語』が早くから改作を生み、またそれぞれに微妙に違う志向(主題)をもつ改作を含んで成り立つ運動体のような作品であることが見えてきた。深川本については、異本系本文とは違う志向を持ちつつもその影響を受け、部分的には無批判に混在する本文であることが見えてきた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
『狭衣物語』巻一の鎌倉時代書写の異本系本文(伝慈鎮本、伝為家本)の異同を確認しながら、慈鎮本をベースとしての本文校訂を行った。伝為家本が流布本系に極めて近い部分については、異本系本文の痕跡をわずかに残す紅梅文庫本や、時折まとまった形で異本系本文と同じ本文をもつことがあるらしい深川本の本文を参考とした。そして、この校訂本文に基づいて現代語訳、注釈作業を施した。さらに表的な他二系統の鎌倉時代書写の本(深川本、伝清範本)と比較して、異本系本文の大まかな特徴を考察、確認した。こうした作業は、月に二回ぐらいのペースで会合をもち、各回の中心となる報告者が先行して進めた作業をたたき台としつつ、三者で論議し、先行する作品の用例や類似表現についての知識を持ち寄るという形で進めてきた。 第二年の途中で巻二に入り、第三年の最後までに巻二を終えるという当初の予定通りにおおむね進んできている。 現在巻一の本文校訂は終了、注釈と現代語訳も最後の少しを残すのみ、7月ぐらいから巻二に入り得るというペースである。また巻二の準備については、九条家旧蔵本のテキストデータ化を進めてある。
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今後の研究の推進方策 |
残っている巻一の作業を終了させ、注釈書として刊行できるレベルにまでブラッシュアップしてゆく。 またこの作業と並行して、巻二の研究を行う。巻二は鎌倉時代書写の高野本(伝民部卿局筆本)は途中までしかないが、南北朝期の写本である九条家旧蔵本とはかなり大きな異同があるようである。このため本文校訂作業が巻一よりもさらに困難を極めると考えられるが、まずは高野本の翻刻を先行させ(研究協力者に翻刻およびデジタルデータ化の補助を依頼する)、これと九条家旧蔵本の異同を確認し、本文校訂の方向性について確認する。また中田義直『校本 狭衣物語 巻二』をもとに、平瀬本の本文との異同に十分留意し、異本系本文の性格を見極めながら校合する。 巻二については、巻一以上に異本系本文の形を見極めるのが難しいことが予想されるが、巻一で得た知見なども利用しつつ、本文を校訂する。 そのうえで、巻一と同様に現代語訳、注釈を施すといった作業を行う。前述のように巻二の異本系本文の形は巻一に比べると多様であることが推定されるが、巻一で得られた知見を援用しつつ、深川本や伝清範本と比較するなかで、引き続き異本系本文の性格を明らかにしてゆく。
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次年度使用額が生じた理由 |
巻二の翻刻などの下準備を研究協力者に依頼してその謝礼を払う予定であったが、研究協力者のスケジュールもあって次年度に持ち越すことになった。また、巻一の底本とした伝慈鎮本を見に行く件については、巻一の注釈がすべて終了してからの方が良いと判断し、次年度に持ち越すこととした。『狭衣物語』および『狭衣物語』に影響を与えた平安時代の文学作品についての注釈書、研究書、また風俗に関わる書籍などについては、初年度ということで多めに予算を取ったので、一部は研究の進展に応じて購入する必要があろうということで、次年度に持ち越した。
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次年度使用額の使用計画 |
巻一の注釈作業が6月末ぐらいに終わるのを受けて、夏期休暇中に伝慈鎮本の参観の機会を得ることとする。さらに、全体をプリントアウトのうえ、巻一の注釈作業全体を見直し、刊行に耐え得る内容に密度を高める作業を行う。 また、巻二に7月ぐらいから入る準備段階として、研究協力者の協力を仰ぎ、巻二の高野本の翻刻を行い、その謝礼を支払うこととする。平瀬本についてもできれば参観の機会を得て、その謝礼を支払う。 巻二に関わって、『狭衣物語』や平安時代の文学作品についての書籍、風俗に関連する書籍をさらに購入する。
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