本年(最終年度)は、当初計画①~⑦のうち、⑥和歌灌頂システムと書物の生成および伝授の観念の研究、および⑦東アジアにおける儀礼と書物の諸相の解明を目標とした。⑥に関しては、和歌灌頂・物語注釈書等のテキスト(古今注や伊勢物語注釈を中心とする)や、『玉伝深秘』『伊勢二門極理灌頂撰』等の諸本を対象とする調査・収集・研究を行った。古今伝受関連テキスト、歌学秘伝テキストなどを中心として諸文庫より写本テキストの調査・収集に努め、加えて、中世園城寺(寺門派)の歌学世界についても解明した。園城寺が和歌史と密接に関わっていた事実の解明、さらには和歌灌頂や阿古根浦口伝等をめぐる儀礼的な伝承によって、和歌をめぐる秘儀テキストがいかなる生成メカニズムを有していたかについて明らかにした。⑦については、中世における宗教テキストの生成メカニズムと儀礼との関わりを東アジアという広範な視点から捉え直すことを試みた。この試みを通じて「書物文化論」の射程をより広範なものへと開くことができたと思う。なお、中世諸芸道の論書・注釈にみる書物観・生成機構の変遷とその多様性をめぐる研究も推進。音曲・入木道・読経道・作庭・有職故実など、中世の諸芸道において、儀礼的相伝のシステムがどのようなかたちで存在していたか、これら文化伝統の維持継承を可能にした中世特有の書物の生成機構とその役割について考究した。本年の成果の一端は、後掲「研究発表」欄に記すとおりすでに発表済みのものもあるが、今後さらに、日本中世における秘儀テキストの生成機構について、宗教史・思想史との連関を視野に入れつつ新しい視点から公開を目指したいと思う。
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