今年度は、大田洋子の小説「半人間」を取り上げ、原爆投下後の復興とそこから置き去りにされるさまざまな女性たちの描かれ方について調査分析を行った。この成果は『戦後文学の〈現在形〉』(2020年夏刊行予定)に掲載予定である。 また理論的問題として、性をめぐる語りを抑圧しつつそれらを受け入れやすい言説へと変形し流通させることで権力が自らの正当化を試みる過程について考察を試みた。本研究が対象とする戦争に関わる性表象において、こうした受け入れやすい=理解可能な範囲の設定は、歴史をめぐる記憶のヘゲモニー、集合的記憶の形成と関わるものであり、それは記憶が語られる時点の権力の動向と深く結びつくものでもある。これは、昨年度までの分析で論じた、日本社会にみられる戦争文学/表象の記憶における〈他者〉不在の問題と関わり合っている。 これらの考察については、2019年9月にタイのバンコクで行われたバンコクサマーセミナー(Global Network for Gender Studies in Asia)において講演・意見交換が行われたカンボジアの性暴力の記憶の問題やタイや台湾におけるLGBT運動や表象の問題との構造的類似性と個別の事象や文脈の相違等の関係を考えることで、更に深めることができるようになった。 本年度は最終年度ということもあり、本課題テーマを個々の研究内容を通してどのように捉えなおすことができるか、また意図せず設定してしまっている内部/外部の境界がどこにあり、それらが幾層もに絡み合う問題の顕現をどのように阻んでいるのかについて考察を試みた。これらの成果については、現在単著を準備中である。
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