研究課題/領域番号 |
16K02406
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研究機関 | 島根大学 |
研究代表者 |
田中 則雄 島根大学, 学術研究院人文社会科学系, 教授 (00252891)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 近世小説 / 実録 / 読本 |
研究実績の概要 |
実録と読本・演劇との関係という問題に重点をおいて研究を行った。宝暦14年(1764)朝鮮通信使の一員崔天宗が大坂で殺害された、いわゆる「唐人殺し」の事件は実録にも取り込まれ、『朝鮮人難波の夢』などが作られたが、このたび、大坂の作者五島清道によって制作された読本『倭韓乃染分』(文化10年(1813)刊)を調査した結果、同一事件を素材としながら、歌舞伎『韓人漢文手管始』『拳褌廓大通』に大きく依拠したものであることが判明した。五島清道は、実録の存在を知っていたと考えられるものの、敢えて演劇を利用することにより、読本としての独自性を表そうとしたと認める。五島清道は大坂東町奉行組同心とされる人物で、職業作家ではないが、実在事件に拠りながら、読本という中長編小説の備える独自の構造についても理解した上で制作を行っている。論文において、同じ五島清道の作『蛍狩宇治奇聞』(文化10年刊)についても分析を行い、やはり読本としての構造に強い配慮の働いた作であることを示した。この作は実録依拠と推測されるがその典拠は判明しておらず、引き続いて調査する必要がある。 また、鳥取県琴浦町・河本家に伝存する実録本『北野聖廟霊験記』についても調査を行い、翻刻(全20巻のうち4巻)を付して公表した。この『北野聖廟霊験記』は極めて伝本の少ない実録である。この実録が栗杖亭鬼卵の読本『北野霊験二葉の梅』(文化11年(1814)刊)の典拠となったことについては以前に明らかにした。論中で、地方の旧家にかかる実録が伝存したことの背景や意義について論及した。 未だ研究対象とされたことのない『宝武実情記』なる実録が、出雲国松江藩に関わる実録(地方実録)であることを把握した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
実録と読本との関係、地方における実録伝存の実態の解明という当初の目的に関して、調査研究の進捗があり、論文と一部翻刻によって公表した。また、未だ研究の対象とされたことのない、出雲国松江藩に関わる実録(地方実録)の存在を把握し得た。地方実録の生成と展開の様相を通じて、実録という近世小説ジャンルそのものの特質について検討するという課題を推進できたと考える。
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今後の研究の推進方策 |
当年度存在を把握し得た地方実録に関する本格的な調査研究を次年度の中心課題として位置付け、更に資料収集の範囲を拡げ、別の事例についても比較しつつ検証する。 また次年度、実録の研究、実録と読本との関係についての研究論文を収録した著書を刊行する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当年度存在を把握した実録に関して、本格的な資料収集を行うのは次年度となる。更にはこれに関連する諸資料の調査および収集も必要になることが予測される。このため、資料収集旅費、マイクロ資料の複写費を、次年度に向けて確保する。
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