研究課題/領域番号 |
16K02439
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
大河内 昌 東北大学, 文学研究科, 教授 (60194114)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 美学 / 虚構 / イデオロギー / 小説の勃興 / リアリズム / 政治経済学 / ロマン主義 / 想像力 |
研究実績の概要 |
平成30年度はイギリスの長い18世紀の時期における美学とイデオロギーの問題を、バーナード・マンデヴィルとデイヴィッド・ヒュームという対照的な作家に焦点を当てて分析した。『蜂の寓話』でマンデヴィルは一般に悪徳と呼ばれている奢侈、高慢、強欲、利己心、欺瞞といった情念がじつは社会の繁栄のエネルギーになっていること、そうした悪徳を全体的な利益とするために政治家の知恵が必要であること、また徳の教えは社会の不平等を多くの人々が耐え忍ぶように為政者が人民に教え込んだ欺瞞に満ちた思想であることを主張している。彼の立場は現代の美学イデオロギー批判に近いものであることを発見した。 本年度はさらにヒュームの『人間本性論』に含まれている虚構理論を、リアリズム小説の勃興という同時代の文学史的現象と関連させて考察し、成果を論文として発表した。ヒュームは、一方で現実と虚構は区別できると主張し、他方でそもそも現実は虚構からできていると主張するという一見矛盾する態度を見せる。だが、彼のテクストを精読するなら、これは近代的な商業社会に必要な心の構えであることが判明する。商品と貨幣あるいは紙幣と貨幣がめまぐるしく交換されるような世界、あるいは情報が氾濫し虚構と事実の区別が困難になるような世界で生き残るためには、人は虚構を虚構として認識し、そのある部分を無根拠なつくり話として退けながらも、べつな部分はあたかも事実であるように受け入れてふるまう柔軟な心的態度が必要になる。ヒュームの虚構論が説明するのはそうした心的態度の必要性なのである。この時代に勃興したいわゆるリアリズム小説という文学ジャンルも、ヒュームと同様な虚構に対する態度を前提として成立したものであることも論証した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまで18世紀イギリスのいわゆる道徳哲学にふくまれる美学理論とロマン主義の詩人・文人たちの想像力論・詩論を分析し、思想史的に整理する作業を進めてきた。その作業をとおして、これら異なる時代の美学理論・文学批評は近代の市民社会における徳と商業の関係や、崇高に対する関心など、共通するテーマをもっていることを確認してきた。さらに、18世紀においてもロマン主義の時代にあっても、美学が同時代の政治的・イデオロギー的な問題に対する応答であることを確認できた。研究の内容・進度とも交付申請書に記載した研究目的と計画に従って極めて順調に進行している。
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今後の研究の推進方策 |
平成31年度は最終年度であるため、これまでに蓄積した研究成果の全体像を明確にする予定である。具体的にはシャフツベリーからロマン主義時代のサミュエル・テイラー・コールリッジにいたる長い18世紀の時代のイギリスの作家たちの美学理論の流れを、同時代の政治的・イデオロギー的な問題との関係の中で、全体として理解できる思想史的な枠組みを提案したいと考えている。そして、それを単行本として出版することを計画している。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)本年度に未刊行であった図書を購入する予定があるため。
(使用計画)購入予定の図書が刊行され次第、購入する計画である。
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