研究実績の概要 |
本研究はイギリスにおける初期の日本研究のパイオニアのひとりであるF.V.ディキンズ(F.V.Dickins, 1838-1915)の初の評伝を完成することを最終目標として展開してきた。開港後まもない幕末の日本に英国海軍軍医として来日したディキンズは、その後、弁護士に転じて横浜居留地で弁護士活動に励む傍ら、日本アジア協会などを舞台に幅広い日本研究を展開した。その博物学的研究領域はじつに広範にわたり、全体像を捉えるにはなお時間を必要とする。 最終年度の本年は出版に向けてこれまでに発表した10数本の論文の調整にあたるとともに、北斎を最初に西洋したディキンズの功績を明かにするために論文「ディキンズと北斎」を書き上げた。これは『富嶽百景』を取りあげたもので、さらに『北斎漫画』『飛騨匠物語』については現在、執筆中である。 ディキンズの真骨頂は日本文学の英訳にあり、パイオニアとしての試行錯誤は今日では必ずしも評価が高いとは言えないが、彼が開拓した古代中世日本文学の紹介の意義は疑えない。とくに『万葉集』の英訳はその後も多くの学者によって試みられており、今日の翻訳論という異文化研究の観点からも注目される。現在、準備中の評伝における新しい1章として組み込むべく研究を行っている。 ディキンズの日本研究をいかに評価するかが本研究の大きな課題であるが、現在著しく進展している世界文学・翻訳論の新たな視点に立って、従来の言語論的な視座をさらに拡大して文化論的な転回の必要を痛感したところである。
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