小説などの文学作品を読むという行為を、文化人類学上の概念である「贈与」として捉えることの持つ可能性について考察することを目的とし、20 世紀後葉以降の英語現代小説を題材にして事例研究を展開してきた。英語圏の文学のなかで読みの贈与性のテーマを感じさせるものを数点精査し、近年の傾向としては、交換や経済と贈与を峻別するデリダらの捉え方から、互酬性や返礼義務を重視する1920年代の贈与の考え方のほうへ、むしろ遡行していることを確認し、それが近年の経済的自由主義の暴走という文脈においてもつ意義を考察した。 まず、贈与に関する理論面の経時的変化を概観しながら1本の英語文学作品の精読結果を報告する論考を、国際学術会議What Happens Nowで2016年6月に報告し、これをもとにした長尺の論文を同年12月に発表した。さらに贈与論の変遷と読者反応理論の変遷の間に見られる同傾向を指摘する論考を2017年10月に日本英文学会九州支部大会において報告した。次いで翌2018年には別の英語小説についてテクストの贈与的やりとりを2方面から考察し、別個の論考としてテクスト研究学会および日本英文学会中国四国大会にて発表、両者とも2018年度内に論文化して公表した。同年度には、また別の英語小説について、テクストの授与行為と贈与論的倫理観の関わりを論じた論文を、日本英文学会の学会誌である『英文学研究』に掲載することができた。 研究の最終年度となった2019年度には、国際文体論学会PALAの年次大会において、また別の英語小説を題材に、贈与交換されるテクストの性格(文学的テクストか非文学的日常テクストか)の関係を、語りの時制に関連付ける論考を発表し、フロアから賛同を得ることができた。これにより、テクストを読む行為を贈与と見る観点を、語りの時制という文体論へ展開する道筋をつけることができた。
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