研究課題/領域番号 |
16K02460
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
松田 隆美 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (50190476)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 中世英文学 / 予定説 / ヨーロッパ中世写本 / 自由意志 |
研究実績の概要 |
昨年度に大英図書館(ロンドン)所蔵の未刊行宗教散文写本(MS Royal 8. F. 7, MS Arundel 507)から転写したカテキズムに関する小論について、さらに調査を進めた。15世紀に制作された他の中英語宗教文学写本(特にBeinecke Library, MS Takamiya 15)のなかに類例を見いだし、その機能を写本のコンテクストとの関係で分析した。こうした短い英語やラテン語のテクストは、単独ではなく複数の関連するテクストとともにひとつのゆるやかなコンピラティオを構成することで、基本教理のみならず、救済論や予定説といった一般信徒の信仰生活に直接関わる教義を教える機能を担っていることが検証できた。 また、13 世紀後半~16 世紀初頭の中英語の宗教文学作品における「予定説」(praedestinatio)および自由意志に関する記述に関しては、本年度までの調査で全体像が見えてきた。予定説は、一般信徒を対象とした説教や教化文学で常に取り上げられるとは限らず、むしろ、一部の英語作品(The Pricking of Love, The Chastising of God’s Children, Elucidariumの俗語訳など)ではかなり高度な解説が展開されるが、一方で、あえてこの論題に触れない傾向認められるのである。 中英語における受容に関しては全体像が見えたので、本年度はまた、中英語のナラティブ文学において予定説がいかに主題化されているかを新たな研究の課題と定め、特にチョーサーの『カンタベリー物語』における予定説の主題に関して考察を進めた。その結果、予定説への具体的な言及が認められる作品ではなく、むしろ"The Man of Law’s Tale"や"The Second Nun’s Tale"において主題化されている可能性が明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究では、13 世紀後半~16 世紀初頭の中英語の宗教文学作品を、作品の機能や制作理由によって、(1) 総括的なキリスト教教義の大全、(2)ディヴォーショナルな教化文学、(3)説教、(4)神秘主義文学、(5)ウィクリフ派文学とそれに対抗する正統派作品の5カテゴリーに分類し、「予定説」および自由意志に関する記述を対象として順次調査を進めてきた。4年間の調査により、その全体像がつかめたと言える。予定説は常に論じられるとは限らず、むしろ、一部の英語作品では神学的とも言える高度な解説が展開されるが、その一方で、救済における自由意志の役割を強調して、あえて予定説には触れない傾向も一般信徒や修道女を対象とした中英語宗教文学に認められることが明らかとなった。 そうした認識の上に立って、さらに中英語のナラティブ文学にも調査対象を拡大し、ジェフリー・チョーサーの作品を出発点として具体的な分析に着手できた。チョーサーにおいて予定説は、具体的な言及が認められる"The Nun’s Priest’s Tale"やTroilus and Criseydeではなく、むしろ、直接の言及はないが、主人公の運命と神の摂理の関係を軸に展開するtaleにおいて主題化されている。この知見を得たことで、中英語文学全体における予定説の受容を考えるための視座を得ることができ、研究の新たな展開につながった。
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今後の研究の推進方策 |
中英語宗教文学における予定説を、宗教文学に限らず総合的に研究する展望と方法論が本研究によって得られたので、さらに予定説と自由意志を論じた用例を収集、分析するとともに、チョーサーを出発点として、特に中英語のナラティブ文学における予定説の主題化を具体的に論じてゆく。チョーサーやガワーのナラティブから始めて、本研究では直接の対象とはしなかった宗教的ナラティブ(例話、聖書パラフレーズなど)に対象を広げてゆく。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年3月にイギリス、フランスにおいて、研究総括のための打ち合わせおよび調査を予定していたが、新型コロナウィルスの影響により、打ち合わせおよび調査予定機関(ロンドン、大英図書館)との打ち合わせ日程を再調整する必要が生じたため、補助事業期間延長を申請し、承認された。研究を継続するとともに、出張の可否については可能性を引き続き検討し、助成金は旅費あるいは物品費として使用する。
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