研究課題/領域番号 |
16K02461
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
不破 有理 慶應義塾大学, 経済学部(日吉), 教授 (60156982)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | Sir Thomas Malory / 『アーサー王の死』のテクスト出版史 / アーサー王物語 / Robert Wilks / 19世紀英国の出版史 / Sir Edward Strachey / グローブ版 / 中世主義 Medievalism |
研究実績の概要 |
2019年にサー・トマス・マロリーの『アーサー王の死』擱筆550年を記念したシンポジアムが国際アーサー王学会日本支部年次大会で開催された。「日本におけるマロリー研究」と題したシンポジアムに登壇した際の発表の一部を基にし、さらに発展させ英文論文にまとめた。2020年に国際学術誌のPOETICAに招請投稿し、査読を経て、2021年秋96号に“Making Malory ‘readable’ in the Victorian period: Frederick James Furnivall and Sir Edward Strachey”と題して刊行される。 19世紀英国ヴィクトリア朝の社会風潮の下、筆者の長年の研究対象である19世紀の中葉に刊行され人気を博したサー・エドワード・ストレイチー編グローブ版(Sir Edward Strachey, Globe edition)とEETSとの関係を未刊行資料を活用し探りつつ、改竄版テクストであるグローブ版がアーサー王の伝播において果たした役割を論じた。 さらにこれまで探求を続けてきた1816年版『アーサー王の死』をめぐる謎の一つ、印刷者R. Wilksの実像に迫る研究を『慶應義塾大学日吉紀要英語英米文学』74号にまとめた。R. Wilksという印刷者の名さえも特定されていなかったが、1816年版の表扉に印刷された住所と名前から検索、史料を収集して分析の結果“Robert Wilks”であることを特定した。そのうえで、18世紀末から19世紀初頭のロンドンの出版印刷業者の記録からWilksの経歴を発掘し印刷の前夜までの前半生について本邦初の画像資料とともに、「『アーサー王の死』(1816年)の印刷者Robert Wilks―未刊行資料から伝記的再構築の試み その1」と題してまとめた。後半生は今年度中にまとめる予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
実績欄で言及した論文「『アーサー王の死』(1816年)の印刷者Robert Wilks―未刊行資料から伝記的再構築の試み(その1)」において、1816年版『アーサー王の死』の印刷業者Robert Wilksの18世紀末から19世紀初頭までの伝記的資料を発掘する糸口を見出すことができ、かなり実像に迫る手ごたえを感じることができた。コロナ禍で現地には訪問できなかったが、ロンドンの印刷関連図書館の協力を得てデジタル資料を収集しつつある。引き続き収集を進め、加えて国立公文書館の資料もデジタルで検索可能範囲内では資料の特定はしつつあるが、今年に入ってからはコロナ禍の影響で提供される資料も限られていた。英国の緊張事態宣言の解除に伴い、5月上旬からは順次開館する予定で、図書館側の稼働率も高くなるので史料の入手速度も早まることが期待できる。 国際アーサー王学会世界大会は昨夏イタリア・シチリア島で開催予定であったが今夏に延期された。しかしながら、感染終息が見通せない状況のもと、つい先ごろ、結局中止となった。そのため大会で発表予定であった漱石におけるアーサー王受容についての考察は順延する。最終年延長にあたる本年は上記のロンドンの出版印刷業者の記録からWilksの経歴をさらに発掘し『アーサー王の死』印刷の前夜までの前半生について本邦初の画像資料とともにまとめたので、後半生についても同様の調査を進め、今年度中に「その2」として発表したい。
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今後の研究の推進方策 |
上記の1816年の『アーサー王の死』印刷者Robert Wilksに焦点をあてた調査に重点を置き、「『アーサー王の死』(1816年)の印刷者Robert Wilks―未刊行資料から伝記的再構築の試み(その2)」を執筆し、ロバート・ウィルクスの後半生を掘り下げ、1816年ウィルクス版の意義を再検討する。そのためにはロンドンの印刷関連図書館のデジタル資料の収集を続け、未刊行書簡を判読する。加えて国立公文書館の史料もデジタルで検索可能かつ入手できる範囲内で特定し、公文書館の開館後、史料依頼をする。日本語でまとめたのち、英国の出版史関連の雑誌への投稿をするために英語論文用に再編集する準備を進める予定である。 国際アーサー王学会は今夏に延期されていたが結局中止となったため、発表予定であった漱石におけるアーサー王受容については引き続き、アルフレッド・テニスンの「シャロットの女」(Alfred Tennyson, “Lady of Shalott”)を中心に日本における受容の経路や英文学の展開と絡めながら、英国の中世主義が近代日本においてどのように受容されたのかという視点も加え、考察を続ける。また現在、大学においてテニスンと漱石をそれぞれ半年かけて精読する少人数セミナー授業をおこなっているので、“Lady of Shalott”をめぐる資料収集とともに、教育現場における効果についても注目して、研究を進めたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
ロンドンの図書館における調査旅行、およびイタリアで開催される予定だった国際アーサー王学会世界大会で発表は受理されていたが、コロナ禍により図書館は閉室、学会は中止となり、海外出張は不可能となった。旅費に計上していた経費がすべて未使用となったため。 デジタル画像の入手が研究上重要なため、英国の各図書館に作成依頼をしその作成費に使用する。またトマス・マロリーの19世紀のテクスト収集家として名高い米国のバリー・ゲインズ教授の蔵書のほか、Lady of Shalottを含む19世紀のアーサー王文学関連のテクスト収集に努め、その購入費に使用する予定である。また状況が許せば、漱石文庫が所蔵されている東北大学へ資料収集のために赴く旅費としても使用する予定である。
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