本研究申請時には、どのようにトマス・マロリーの『アーサー王の死』が復活し、19世紀のアーサー王伝説の復興を促し、さらに英文学における正典化に至ったのかを、作者、作品、印刷者ウィリアム・キャクストンへの評価の変遷を辿りつつ、出版史と中世主義の心性の形成の観点から分析・考察し明らかにすることを掲げていた。コロナ禍の影響で海外の文献調査ができず研究計画は変更せざるを得ない状況であった。とはいえ、18世紀初頭に出版された初めてのキャクストン伝、および印刷史の書誌記述の変化を分析し、中世の再評価の胎動を跡付けた英文論文を発表した。国際アーサー王学会機関紙に掲載(2017年)され、幸い参照件数も多い論文となった。 アーサー王伝説の復活を跡付けるために、テクスト出版に関わった人々に光をあて、より詳細に当時の出版状況を考察した。1816年のウィルクス版については、印刷者ロバート・ウィルクスの伝記的詳細を発掘し日本語論文で、編集者ジョゼフ・ヘイズルウッドの編集術については英語論文で刊行した(2023年)。19世紀におけるマロリー復活を担った重要なテクストの出版については、1816年版の二版、1817年版のテクストを復刻・出版した(2017年刊)。その際、上梓した解説文を中核に据えて、あらたに19世紀中葉までのテクストの出版をめぐる裏事情を新たな資料を加え、どのようにマロリーの作品が受容されていったのか、について、編集者・読者層の観点も加え、単著(2023年)をまとめた。出版史からアーサー王伝説の復興を分析する本研究は、2021年度から並行して開始した科研課題に引き継ぎ、英語での論文と書物を国内外で刊行することによって、書誌学的新たな知見によるマロリー学の修正にも貢献をしたいと考えている。
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