研究課題/領域番号 |
16K02464
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研究機関 | 中央大学 |
研究代表者 |
兼武 道子 中央大学, 文学部, 教授 (30338644)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 古典修辞学 / 『パイドロス』 / デリダ / ヴィクトリアン・ヘレニズム / 『ジェイコブの部屋』 / オーガスタ・ウェブスター / 女性詩人 / ギリシア神話 |
研究実績の概要 |
今年度は主に3つの分野において研究を行った。まず1つめに、古典修辞学と哲学の接点について引き続き知識を深めた。プラトン哲学の方法「ディアレクティケー」が、古代ギリシアのソフィストたちの言語実践と自らを区別する形で成立していった側面があることに特に関心を持っている。形而上学の成立や、話された言葉と書かれた言葉などの問題について、デリダの「グラマトロジー」を経由した形で考えてゆくことで、修辞学と哲学の分岐点であり接点でもある領域のあり方を部分的に解明することができる。 今年度の研究の2つめでは、ヴァージニア・ウルフの小説_Jacob's Room_を取り上げた。ヴィクトリア時代のイギリスの支配階級に属する男性は、当時のイギリスを古典期のアテネに重ね合わせて両者を共に理想化・美化するヴィクトリアン・ヘレニズムのイデオロギーを共有していた。ウルフは女性としてこのイデオロギーに違和感を抱き、その欺瞞性を指摘した。研究では、ヴィクトリアン・ヘレニズムを体現する主人公ジェイコブがウルフ本人のギリシア旅行体験を反転させる形で造形されていて、この小説が文明批評を行っていることを論じ、成果を『ノンフィクションの英米文学』(共著)の1章として発表した。 今年度の研究の3つめとして、19世紀女性詩人のオーガスタ・ウェブスターを取り上げた。ギリシア悲劇の翻訳者として知られていたウェブスターの劇的独白"Circe"は、ギリシア神話の「魔女」キルケーに語らせる趣向の作品である。ウェブスターのキルケーは、妖術によって男性をたぶらかす「宿命の女」ではなく、男性の本性を明らかにする力を持つ「一人の女性」であり、キルケー表象の歴史において異彩を放っている。キルケーが、男性からの一方的な視線によって規定されることを拒み、自らの主体性を自覚し言語化する女性として造形されていることについて、研究会で口頭発表を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は、古代ギリシア文明と英文学という研究課題について、一定の成果を形にすることができた。ヴィクトリアン・ヘレニズム批判としての『ジェイコブの部屋』論をまとめたことで、問題への理解が深まり、今後の研究の広がりに結びつく知見やアイデアを得ることができた。女性詩人と古典の教養というテーマについても、これからの研究の礎石を置くことができた。古典修辞学と哲学の関わりについては、知識を深めて論点を明確にしつつある段階である。これからさらに研究のペースを上げて取り組んで行きたい。
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今後の研究の推進方策 |
古代ギリシアにおける文字文化の成熟が修辞学の成立に果たした役割について研究を進めたい。特に、プラトンの『パイドロス』とデリダのグラマトロジーについて考察を深め、論文を執筆したい。また、ウルフと古代ギリシアのテーマについても対象を広げてさらに掘り下げて考えてみたい。より長期的な展望に立った研究目標としては、18・19世紀イギリスの女性詩人と古典ギリシア語・古代ギリシア文明というテーマを設定した。古典ギリシア語を習得した女性詩人たちの作品を広く読み、女性たちによる古典文化の受容のあり方を探りたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度の2018年度には、勤務先の助成金制度により「特定課題研究費」が回ってきた。1年の間に使わないといけなかったので、こちらを優先的に使い、科研費の方は2019年度に繰り越しをさせていただいた。今年度は修辞学の成立についての研究を重点的に進める予定である。古代ギリシアにおける修辞学の成立について、修辞学と哲学の関連について、ソフィスト思潮について、古代ギリシア文明における文字の普及と文字文化の成熟についてなどの関連文献等を購入し、予算を活用させていただく予定である。
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