研究課題/領域番号 |
16K02495
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研究機関 | 鹿児島大学 |
研究代表者 |
竹内 勝徳 鹿児島大学, 法文教育学域法文学系, 教授 (40253918)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 『白鯨』 / ハーマン・メルヴィル |
研究実績の概要 |
今年度は、まず、アメリカン・ルネサンスの文化的背景を捉えたうえで、ホーソーンと メルヴィルの主要作品について、言語的意味、音声、身体の観点から読み解いていった。この時代がアメリカ・ロマン主義の文脈で語られることが多く、実際、作家たちは魂の永遠性や身体に対する精神の優位について語っているように思われている。しかし、この時代の大衆文化や思潮の変化に目を向けるとき、そうした言説が必ずしも直接的に魂や精神の優位について語っているとは言えないということが分かってきた。 日本メルヴィル学会の学会誌『スカイホーク』第4号に発表した「情動の創造性--アフェクト理論による『白鯨』分析」では、言語的意味作用や意識によるコントロールをすり抜ける情動が、しかし、それ自体によって一定のパターンを創造するプロセスを、同時代の大衆文化におけるメスメリズムの言説に照らして解き明かした。また、日本英文学会でのシンポジウム「文学/映像における<情動>の再定位」においては、アフェクト理論の概要を示しながら、他の発表者とともに、小説家や映像作家は、図式化されにくく、言語化されない情動と、いかなる表現を介して折り合いをつけたのかについて議論を行った。 以上の研究実績により、ホーソーンとメルヴィルにとっての共通課題、つまり、言語的意味、音声、身体について、時代背景や大衆文化、伝記的事実などを勘案して考察を行い、各要素が『白鯨』の執筆過程にいかにして反映したかを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
メルヴィルの『白鯨』『ピエール』、並びに、ホーソーンの『緋文字』『七破風の家』『ブライズデイル・ロマンス』について、あらためてテクストを点検し、その対応関係、並びに、19世紀の大衆文化やメスメリズム、劇場文化などの時代背景を照らし合わせ、それをもとにシンポジウムや論文の原稿を作成できた。また、劇場文化と『白鯨』の関係について、来年度に刊行予定の共著論集に寄稿することができた。
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今後の研究の推進方策 |
『白鯨』の各章を①語り中心、②音声中心、③身体的接触、④オラトリオ形式 に分類し、主に②③④について音声表現や身体接触がどのような位置づけになっているのかを、コーパス分析や音声歌唱度(リズム、韻律、掛け合い等)の測定によって明らかにしていく。この際、この作品が実は、海上の鯨肉解体工場としてのピークォド号を描いていることに注目する。これまで論じられていないが、この作品の61 章から96 章は、上述のフリーク・ショーと同じく、鯨の身体を原型をとどめないほどに切断して、それを鯨油へと精製していく過程を描いている。そして、語り手のイシュメールは切断された部位の組織や肌触りまでも綿密に描写していく。つまり、これらの章はまさに身体的接触のあり方について書かれた章なのである。また、これらの章は、言うまでもなく鯨の死体と延々と向き合う場面でもある。語り手や読者の意識は、決してモノとしての身体を言語的・象徴的レベルで捉えず、ただ触覚や肌触り、重力、浮力の対象としての身体と向き合う形になる。このことを踏まえて、『白鯨』の全章を細分化して①からの要素に分類し、加えて、②③④に該当する部分について、それを描く形容詞の性質を分析すると共に、歌唱度を測定することにする。
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