本研究は、アジア系アメリカ文学における日本の侵略統治の表象を歴史記憶の観点から分析考察するものであり、太平洋戦争の記憶と表象に主眼点を置いて研究を進めてきた。 期間延長2年目となる本年度は、新型コロナウィルスの感染が収まらず、研究に必要な移動範囲や時間に大きく制限がかかり予定通りには進めることが出来なかった。一昨年度より世界文学観点から対象とする文学の範囲を東南アジア諸国の文学へと拡大し、インドネシア文学やマレーシア文学などを取り上げた。従来のアジア系アメリカ移民による文学からインドネシアやマレーシア在住の作家による文学への転換といえるが、アメリカで翻訳によってグローバルに読まれている作品を中心とした。インドネシアもマレーシアも長年植民地主義下にあり、日本の植民支配に対する独立への期待は即座に裏切られ厳しい植民政策に苦しんだ記憶は、今なお残存している。文学においても他地域同様日本統治への厳しい批判が展開されているが、その視点は複層的でサバイバルを模索する人民や現地への思慮を表す植民者の存在や性的少数者の描写は新たな傾向とみられる。ここで浮上したのは作家の世代による表現の相違およびアジア系作家とアジア在住作家の共通点と相違点である。戦後75年を経て戦争の記憶はこのように変化をもたらしたと考えられよう。 この文学研究はいまだ未完であり、歴史記憶の重要性とそれに対峙する日本人の在り方への思考をさらに進め深める必要が示されたといえるが、ひとまずこの時点で区切りをつけて本研究をまとめることとした。
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