研究課題/領域番号 |
16K02528
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
塚本 昌則 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (90242081)
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研究分担者 |
中地 義和 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (50188942)
野崎 歓 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (60218310)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | フランス二十世紀文学 / 散文詩 / 散文 / 非人間 / 声 |
研究実績の概要 |
フランス近代の散文に見られる〈非人間化〉という現象が、本研究の検討課題である。作品をほとんど全面的に人間的事実のフィクションから構成するという十九世紀の写実主義の方法への反発が、二十世紀の芸術家たちには広汎に見てとれる。それが具体的にどのように展開されたのかをめぐって、本年度は以下の研究を進めた。 1)声をめぐるテクノロジー(電話、無線、ラジオ、オーディオ)の進展は、言葉によって表象される世界に根本的な変化をもたらした。とりわけ非人称の声、誰のものでもない声がそこでは大きな役割を果たした。同時に、二つの世界大戦によって、現実を前に言葉を失ったり、記憶が欠落したりといった容易に言葉にできない状況に数多くの人間が直面するようになり、どうすればその状況を表現できるかという疑問が正面から問われるようになった。こうした問題をめぐって、早稲田大学の鈴木雅雄氏と共同で進めていた研究を論文集として上梓した(塚本昌則・鈴木雅雄編『文学と声──拡張する身体の誘惑』平凡社、2017年、584p.)。 2)パリ第十大学のウィリアム・マルクス先生に日本に来ていただき、文学の危機をめぐる講演会・ゼミなどの研究交流を行った。近代文学が陥っている危機的状況は、「文学」という概念が歴史の産物であり、その概念が現況にはそぐわなくなっていることを示している。しかし人が読み、書くことをやめることはない。新しく求められている読み書き能力がどのような形態のものでありえるのかを考えた。 3)ヴァレリーの『カイエ』をめぐって、ソルボンヌ大学ミシェル・ジャルティ教授を中心に進める研究チームに参加、草稿の活字化・注釈などの作業を行った。 4)眠りのうちに人格が解体され、溶解し、目覚めた時に再び同じ人格が構成されるプロセスについて、二十世紀文学では多様な表現がなされている。これをめぐる研究を開始し、成果を学術雑誌に発表しはじめた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究開始時に思い描いていたいくつかの課題については、具体的に分析を進めることができた。ヴァレリーにおける非人間化の問題を、声というテーマ、また夢と眠りというテーマにおいて、詳しく検討することができた。これらの検討を通して、二十世紀の散文において、非人間化という傾向がどのように現れるのか、そこにどのような意味があるのかという疑問について、考察を深めることができた。 ただ、散文詩については、すでに研究の蓄積が膨大にあり、すぐに新しい成果を出すことは難しい状況である。二十世紀の散文の特質を掘りさげてゆくことで、十九世紀末から発展するこの詩の形式に関して、新たな知見を得ることができるのではないかという見通しをもっている。この見通しを具体化することが、今後の大きな課題として残されている。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は以下の諸点について研究を進めてゆく予定である。 1)昨年度から開始した、夢と覚醒をめぐる研究を押し進め、論文の雑誌発表だけでなく、一冊の本にまとめることを目標とする。 2)非人間化は、文学における思潮というだけでなく、二十世紀の芸術に広く見られる現象でもある。ヴァレリーを中心に、芸術において起こった非人間化という現象についてさまざまな角度から考察を深めていきたい。そのため今年度は、すでに交流のあるウィリアム・マルクス先生、ミシェル・ジャルティ先生だけでなく、ヴァレリーと映画について研究のあるジャン=ルイ・ジャネル先生、ヴァレリーとデリダについて伝記を書いたブノワ・ピータース氏などとも研究交流を行う予定である。 3)ジャルティ先生が統括する『カイエ』研究は、今年度も引きつづき行う。 4)今年度はブルトンに関する研究にも力を入れ、シュルレアリスムが日常生活の表現において示した非人間化の傾向について、どのような角度から分析が可能かを見極める作業を進める。 5)散文詩についても、引きつづき新しい視点探究の努力を続ける。
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