オノレ・ド・バルザックの作品における境界と異国性の問題について継続して研究を行った。『モデスト・ミニョン』、『ウージェニー・グランデ』などにあらわれた異国のヴィジョンが、直接的には東洋との貿易をめぐる社会的事象を軸として提示されながら、私生活の場の微細な力学と密接にむすびついて機能しており、人物像の歴史的・社会的可能性、および私生活における変化への期待値と連関していることを見た。 バルザックの作品における食の場面をめぐる、流通と敷居の問題についても引き続き研究を行った。食卓という場に敷居を越えて入り込む「よそ者」や「寄食者」を描くことが、敷居や「他所」の概念の変化をめぐる考察となっていることを分析した。さらには食卓、庭、サロンなどいくつかの生活の場が、『人間喜劇』を縦断し、その動的な世界を支えているさまざまな流通路とそこに点在する多種の敷居を喚起しつつ、物語の生成に必要な敷居を形成する仕組みを分析した。 ジョルジュ・サンドの作品については、主に『コンシュエロ』を中心に、教会音楽と世俗の劇場音楽をめぐる空間的な敷居と、ベネチア特有の地理を踏まえた流通と回遊の仕組みの関連性を分析した。 メリメの『カルメン』については、ビゼーのオペラ作品やと比較しつつ異国性と境界の問題を探った。複数の地方性や言語のあいだの差異が独特の緊張をはらんだ地理を構成し、恋愛心理のからくりと結びつけられていると同時に、異国性とは異なる「彼方」の概念が導入され、ミクロな敷居で囲われた場や閉塞した場と関連して作品の力学を支えていることなどを見た。
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