研究課題/領域番号 |
16K02536
|
研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
辻 学 広島大学, 総合科学研究科, 教授 (50299046)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | 新約聖書 / 偽名文書 / 公同書簡 / ヤコブ / ペトロ / ユダ |
研究実績の概要 |
本研究は、新約聖書に含まれている偽名文書の内、擬似パウロ書簡群以外の書簡すなわち「ヤコブ書簡」「第一ペトロ書簡」「第二ペトロ書簡」「ユダ書簡」の4通、そして新約聖書外の初期キリスト教偽名文書について、偽作の文学的手法および初期キリスト教史における位置づけを明らかにしようと試みるものである。この年度はその中で、ヤコブ書簡を対象として分析を行う計画であった。そこで、ヤコブ書簡の偽名性を再検討すると共に、偽名文書であるこの書簡がどの程度「真正」のものとして同時代以降のキリスト教会によって受容されたかを検証する作業を行なった。 その結果、この書簡はきわめて簡単な偽作の工夫しかなされていないこと、著者がイエスの弟ヤコブであるという装いは、イエスの言葉伝承を援用することによって暗示的にしかなされていないこと、そして、2世紀のキリスト教文書には、この書簡への言及が極めて少ないことなどが改めて確認された。 これは、同じように偽作の工夫が簡単でありながらも、比較的早くから「真正」書簡として受け入れられたことが明らかである第一ペトロ書と非常に対照的な結果であり、そのような結果がなぜ生じたかという問いを生む。この点は、次年度に予定している第一ペトロ書の分析の過程で改めて追求することにしているが、当初の研究実施計画に記した通り、ヤコブ書簡がパウロに対する批判的姿勢を示している一方、第一ペトロ書は「親パウロ的」文書であるという性格の違いに関係があるものと思われるので、その角度から研究をさらに進める。 また、今回の分析対象としている4書簡は、新約正典が結集されるプロセスの中で、早くから「公同書簡」というグループで理解されるようになった経緯もあることが、偽名性の分析にとっても重要であることがわかったので、この点についても調査を進めることにする。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ヤコブ書簡の分析については、概ね研究計画どおりに進んでいる。ただし、その受容史については、第一ペトロ書簡と併せて観察する必要があるということが、作業過程で新たにわかったので、その点については、次年度に継続して作業を行う予定である。
|
今後の研究の推進方策 |
ヤコブ書簡は、単独で分析するだけでなく、次年度に分析の対象となる第一ペトロ書と併せて、両者を同時に視野に入れつつ調査していく必要があることが、分析過程でわかったので、次年度もヤコブ書の分析は継続して行うことになる。また、今回対象としている新約4書簡を、正典化のプロセスとの関係でまとめて観察する必要もあることがわかったので、当初の研究計画にはなかったが、正典化プロセスについてもさらに研究を行う予定である。 また、パウロ思想に対する批判的な言辞を多く含むヤコブ書簡が、なぜ2世紀にはほとんど引用や言及をされなかったのかという問題は、パウロ思想が2世紀においてどのように受容されたのかという問題と結びついているので、2世紀におけるパウロ思想(とりわけいわゆる「信仰義認論」)の受容・変遷についても新たに考察し直すことにする。
|
次年度使用額が生じた理由 |
ヤコブ書簡の分析結果を学会発表する計画であったので、そのための国内旅費を残していたが、分析結果を次年度の分析対象である第一ペトロ書と併せて考察してから発表するべきであることに途中で気づいたため、学会発表に至らず、残額が発生した。
|
次年度使用額の使用計画 |
さらに次年度も継続して、第一ペトロ書の分析と併せて行うヤコブ書簡の分析のための資料購入費として執行する予定である。
|