研究課題/領域番号 |
16K02537
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
高木 信宏 九州大学, 人文科学研究院, 准教授 (20243868)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 文学作品の受容 / 作家による批評 / スタンダール / ポール・ヴァレリー / リュシアン・ルーヴェン |
研究実績の概要 |
平成29年度は昨年度に引き続き,ポール・ヴァレリーによるスタンダール受容について研究を行った。まず,小説という文学形式に対して否定的な見解をもつヴァレリーが,なぜ後者の未刊の長編小説『リュシアン・ルーヴェン』だけは例外的にも終生愛読したのかという問いを出発点として,〈ナルシス〉という神話的形象によって象徴される詩人の文学的な営為においてその読書が有した意味を明らかにした。小説の描き出す恋愛と自分自身の感情との区別が出来ないほど心を深く動かされてしまったというヴァレリーあって極めて希有な状態は,まさしくナルシス的な経験と言ってよく,彼の文学的探究の根幹にかかわる出来事であったと解釈し,その意義を積極的に評価した。 このように小説の表象する恋愛にヴァレリーが「完全に反響」した背景としては,彼が『カイエ』に残した1940年の記述から,青年期に彼が出会ったロヴィラ夫人に対する片思いの恋が深く関与していると窺われ,この恋と読書との関係に焦点を絞って検証を試みた。夫を亡くしたこの年上の貴婦人に対して青年が抱いた恋が,現実に根ざすところの少ない,いわば「想像恋愛」であったことが先行するヴァレリー研究によって指摘されているが,そうした読書に先立つ「ロヴィラ夫人」という形象が小説の作中人物「シャストレール夫人」のイメージと,ヴァレリーのイマジネールにおいて融合したのではないかという解釈を,ヴァレリー自身が素描した夫人の肖像などの分析を通じて提出した。 また,小説の刊行時期の考証にもとづき,ヴァレリーによる読書の時期を1894年5月と特定し,それがロヴィラ夫人に対する詩人の恋に変化が生じ始めていた時期と重なっている事実を明らかにしたが,この解明により読書体験の意味をいっそう具体的な文脈において捉えることが可能になったと考える。なお,以上の研究成果は学術論文にまとめ,査読審査を経て公表している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度に引き続き,ポール・ヴァレリーによるスタンダール文学の受容について,前者の『リュシアン・ルーヴェン』の読書を考察の中心に据えて研究を行ったが,研究の進捗状況はおおむね順調に進展していると考える。なぜなら,日本においても傑出した知性と批評精神で名高いヴァレリーが,小説という文学形式に対する消極的な見解にもかかわらず,きわめて例外的にもこの作品に深く感動した理由について,〈ナルシス〉という神話形象に集約される作家の文学的な志向や特徴,ロヴィラ夫人との出会いが彼の想像世界に引き起こした「想像恋愛」との関係,彼による小説の読書時期とその文学的な軌跡における位置づけなどの考察を通じて,首尾良く新しい解釈を提出することができ,さらにはこれにもとづき『リュシアン・ルーヴェン』という作品を従来にない新視点から読み直す展望が開けたからである。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度はポール・ヴァレリーによる『リュシアン・ルーヴェン』の独自的かつ鋭角的な深い読みを解明し,その意義を彼の文学的な足跡において位置づけることにより,この小説のもつ特殊性に光をあてる観点をえたが,平成30年度はそのようにして明らかになった作品の特殊性,独自性を創作者スタンダール側から検証する作業に着手する。なお,これに並行してバルザックによるスタンダール受容について『パルムの僧院』を中心に考察するが,この小説についてバルザックが書いた長文の書評「ベール氏論」の新しい解釈の提出を試みるために,関連する資料の調査と収集を主にフランス学士院図書館とフランス国立図書館(リシュリュー館)において行う予定である。
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