最終年度の本年は、19世紀末のデカダン文学における身体と病理の問題を、同時代の精神医学や性科学との関連で考察した。年度前半では、とくに女性作家とセクシュアリティの問題、そして自然主義作家における身体表象を考察した。それを通じて、ブルジョワジーの娘に課される〈女らしさ〉の規範や、「感応遺伝」という医学的概念が女性の運命を規定していることを明らかにした。女性作家については、日本仏文学会春季大会のワークショップ「女性作家と文学場のジェンダー」(獨協大学、2018年6月3日)で発表し、後者については紀要論文「若い娘たちの表象――魂から身体へ」を執筆した。またアラン・コルバン『処女崇拝の系譜』(共訳)の「訳者あとがき」のなかで、本研究の成果を反映させつつ、文学における女性表象の系譜について論じた。 年度後半では、ゾラに関する国際シンポジウム(京都工藝繊維大学、2018年12月2日)、および「リアリズム文学研究会」(京都外国語大学、2019年1月26日)に出席して質疑応答に参加し、新たな知見を広げることができた。 3年間にわたった本研究の総括として、研究者は単著『逸脱の文化史――近代の〈女らしさ〉と〈男らしさ〉』(慶應義塾大学出版会、2019年3月)を刊行した。本研究の目的は、19世紀後半~20世紀初頭の文学を対象にして、文学が身体、感覚、病をめぐってどのような表象を提示しているかを探究することだった。とりわけ自然主義小説が身体の病理だけでなく、精神の病理(神経症、ヒステリー、性倒錯など)の表現に新たな次元をもたらしことを示すことにあった。『逸脱の文化史』はゾラ、ゴンクール、ユイスマンスなどの自然主義作家、そしてラシルド、ミルボーなど世紀末デカダン作家の作品を取りあげ、感応遺伝、性倒錯、フェティシズムなどのテーマを病理の表象として読み解くことで、わが国の文学研究に新境地を拓いた。
|