研究課題/領域番号 |
16K02549
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
瀬戸 直彦 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (30206643)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | トルバドゥール / 抒情詩 / 写本 / マルギナリア / ヴァリアント / ジラウト・デ・ボルネーユ / 黙説法 |
研究実績の概要 |
本年度は,中世フランスの抒情詩(オック語・オイル語によるもの)が,いかにして獣皮紙に作品として「固定化」されたか,また仮に作者の「オリジナル」作品がかつて存在したとして,それを現在のわれわれがテクストとして活字化することが可能であるとしたらば,種々の伝本から,いかにして校訂をほどこしうるかを,巻子本からコーデクス(冊子本)への変遷という大きなパースペクィヴを見据えた上で,準備作業として行ってみた。 具体的には,中世南仏のトルバドゥールの一人,ジラウト・デ・ボルネーユ(1167年以降―1199年以降)の作品を,そのほとんどを収録するC写本(フランス国立図書館フランス語写本856番)から読み込んでみた。1910年―1935年に刊行されたアドルフ・コルゼンのドイツ語による校訂版と,1989年にケンブリッジより刊行されたルース・ヴェリティ・シャーマンによる英語による校訂版を参照しつつ,とくに,Leu chansonet'e vil「容易で卑俗な歌を」で始まる作品(作品番号45)を自分なりに校訂し,解釈してみた。 C写本をもとにしたこの校訂作業を通じて,N写本(ニューヨーク,ピアモント・モーガン図書館所蔵)における欄外の挿絵(マルギナリア)をも手がかりにしながら,了解できたことは,ジラウトという詩人の難解さの原因である。各詩節,各行の示すイメージ(作品より思い浮かべられる像というべきか)が,直線的に,わかりやすく記されるのではなく,むしろ黙過法(reticentia)とも称される,故意に論理を明瞭にしない一種のレトリックにあるのではないかということである。そして従来の二種の校訂版が必ずしも満足のいくものではないこと,またvaria lectio(ヴァリアント)の提示の仕方に不備があることもわかった。このとりあえずの成果は,2016年度の『早稲田大学文学研究科紀要』に論文として発表することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
マルギナリアを手がかりにして,巻子本から冊子本(コーデクス)への変遷を具体的に探るという研究課題であるが,とくに南仏の大物の詩人ジラウト・デ・ボルネーユを対象として研究を進めるという方針が定まった。この作者の作品は,難解で厄介なものが多いという定説があり,現存の70数編を子細に読むことにより,私自身でそれが確認することができた。N写本は,その他のトルバドゥール作品においても挿絵(マルギナリア)を付している。その意味合いを,他のこの写本による挿絵と比較検討することは今後の課題でろう。またC写本におけるジラウトの作品の配置の仕方についても研究を進めたい。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度(7月)においては,ジラウトのこの作品について,フランスのアルビ(トゥールーズ大学)で開催される第12回国際オック語オック文学研究学会にて発表を行う予定である。 巻子本については現在まではドイツの抒情詩写本においてその痕跡が確認できているだけであり,今後の私の研究を進めるにあたっては,やはり現在まで残された獣皮紙の写本におけるマルギナリアを,とくにN写本ないしはC写本において研究していく方針である。
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