本年度は研究課題の第3年目にして最終年度にあたります。主として二つの研究の軸を遂行できたかと思います。 ひとつ目としては,2017年7月にフランスのトゥールーズ大学シャンポリオン研究センターで開催されたオック語オック文学研究国際学会における研究発表の採択が決まって,査読委員であるトゥールーズ大学名誉教授のドミニック・ビイイ教授と頻繁にやり取りができました。発表の内容は,ジラウト・デ・ボルネーユという12世紀のトルバドゥールの一作品(作品45)を俎上にのせて従来の校訂の問題点を指摘し,諸写本のしめすヴァリアントと詩節の順番のずれを考察したものです。自分なりの校訂と解釈を,この詩人の文体の秘密に多少とも迫れたかと自負しています。 二つ目は,巻子本からコーデクスへという本課題にもっとも密接にかかわるマルギナリア(写本の余白部分)の研究です。具体的には,南フランスにおいて13世紀後半に記された8000行におよぶ『フラメンカ』という韻文物語を題材にしました。この傑作はカルカッソンヌ市立図書館所蔵の唯一写本にのみ伝えられています。その大団円における作者の表現技巧に着目して分析を試み,さらに冒頭と巻末を欠いているこの写本のマテリアルな側面を検証しました。とくに伝承過程における,途中の脱落と一部の抹消部分に注目しました。 トルバドゥールの写本研究の過程で,『フラメンカ』という長編物語にも目を向けることになったわけですが,この物語は,南仏のトルバドゥールたちのうたう既婚の貴婦人(ダーム)への恋愛詩を物語化したものという視点にたてば,これは今後の研究課題である中世抒情詩写本の欠損部分の研究に展開することになるでしょう。
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