本研究の目的は、第一次世界大戦後にルーマニアのマイノリティとなったユダヤ系およびドイツ系ドイツ語話者によるドイツ古典主義文学受容を検証し、その受容が彼らのアイデンティティ形成に果たした役割を解明することである。 ルーマニアのドイツ語話者の特性は地域ごとに異なり、ブコヴィナではユダヤ系が、トランシルヴァニアではプロテスタントのドイツ系が多く、両者は第二次世界大戦中にホロコーストの被害者と加害者ともなった。両地域のドイツ語話者にとってゲーテとシラーの両詩人は極めて重要な存在であったが、受容におけるニュアンスの相違は大きい。前者にとりゲーテは、普遍的人間性を示す「真のドイツ文化」の象徴であり、ホロコ-ストのただなかにあっても被害者であるユダヤ系ドイツ語詩人のアイデンティティを支えた一方、後者では一般に、シラーが青年の模範となるべき理想主義者として顕彰された。 平成28・29年度に研究計画通りに調査・検討を進め、平成30年度はオーストリア国立図書館での補足調査を経て、研究成果をシンポジウムでの口頭報告および論文として発表した。 藤田は10月6日に東京大学で開催されたシンポジウム「東欧文学の多言語的トポス:複数言語使用地域の創作をめぐる求心力と遠心力」において口頭報告「『周縁』と『カノン』-ルーマニア領ブコヴィナのユダヤ系ドイツ語詩人たちとゲーテ―」を行った。本報告は論文として、平成31年度中に刊行予定の書籍に所収される。鈴木は論文「トランシルヴァニアのシラー祭 ―1859年の生誕100年祭・1905年の没後100年祭を中心に―」を発表した。この論文では、1867年以降は二重帝国内のハンガリー王国領となったトランシルヴァニアでのシラー祭が、ハンガリー化の圧力下で、ドイツ民族としてのアイデンティティの紐帯という政治的意義を帯びて盛大に祝われ報道された経緯と背景を明らかにした。
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