研究課題/領域番号 |
16K02563
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
吉田 治代 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 准教授 (70460011)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 独文学 / 思想史 |
研究実績の概要 |
まず夏期にベルリンで実施した研究者への面談と資料調査、第一次世界大戦の激戦地ソンムやヴェルダンでの資料館訪問が挙げられる。ベルリンでは、ランダウアー研究者のCh.ホルステ氏、ブロッホの研究でも知られるR.ファーバー氏(ベルリン自由大学)にインタビューした。本プロジェクトの概要を説明してコメントをいただくとともに、研究の現状、ランダウアーとブロッホ、さらにフーゴ・バルをつなぐ20世紀のアナーキズムの思想潮流について広く意見交換し、有益な情報をいただくことができた。ベルリン滞在中は、国立図書館にて資料調査を行った。ソンムやヴェルダンでは、第一次世界大戦100周年記念を現地で調査し、資料収集を行った。 第二の実績は、日本独文学会の学会誌『ドイツ文学』への投稿論文である。「黙示録とユートピア」という特集テーマの枠内で、「黙示録、ユートピア、遺産」というタイトルのブロッホ論を投稿した。ブロッホの思想は、ユダヤ・キリスト教の黙示録的終末論をベースにしたマルクス主義ユートピア思想とみなされてきたが、本論文では、「黙示録/ユートピア」という2つの項に、本科研プロジェクトの鍵概念でもある「遺産」の概念を加えて、ブロッホ思想の読み直しを試みた。従来あまり注目されなかった初期文献を精査することにより、第一次世界大戦を引き起こした戦争ドイツとは異なる「ユートピア・ドイツ」を求めるところにブロッホのユートピア思想の始まりがあるとする新しい解釈を提示した。そして、自らが黙示録思想に強く刻印されつつも(このことは、ドイツナショナリズムという過激主義に対抗するために共産主義というもう一つの過激主義へとブロッホを導くことになる)、ナショナリズムという〈悪しき黙示録〉に抗すべく、それによって埋もれてしまった過去の思想を「遺産」として救出する、独自の遺産の思想を伴うユートピア哲学を打ち出したことを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度、ブロッホの文献を精査しなおし、「遺産」概念や「受け継ぐ術」(Kunst zu erben)という、過去の思想のアクチュアリティを見出し、それを「遺産」として受け継ぐ実践が、従来考えられてきたように、ナチスドイツと対峙する1930年代に生まれるのではなく、むしろ第一次世界大戦への批判に発することを解明できた。とは言え、こうしたブロッホの思想をどの程度ランダウアーが先取りしていたのか、また両者の違いはどの点にあるかという問題について、十分に解明することができなかった。上述のブロッホ論文の執筆、また本プロジェクト構想時には予定していなかった、書評論文の仕事に時間がかかってしまったため、ランダウアーの文献の読み込みについては十分に時間がとれなかったためである。とは言え、これは2年目以降に挽回できる遅延であると考えている。3年間のプロジェクト全体ということで考えれば、研究はおおむね順調に進捗していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
当初1年目に予定していた、『革命』(1907年)、『社会主義への呼びかけ』(1911年)を中心とするランダウアー初期のテクストの調査・分析を進めることが今年度の課題である。以下の問いを中心とするので、ランダウアーの文献読解と並んで、それに関連する幅広い二次文献の解読が必要となる。ブロッホにはアナーキズムへの深い共感があり、「マルクス主義者」となった後も彼が「異端のマルクス主義者」であったのは、そのアナーキズム的な志向によるところが大きいと思われる。ドイツではランダウアーがアナーキズムの代表者であるとされるが、若きブロッホにも大きな影響を与えたと思われる、ランダウアーの思想の特徴はどこにあるのか、ヨーロッパのアナーキズムの思想史を踏まえて調査する。とりわけ、 ・マルクス主義的な進歩思想や歴史哲学に対するアナーキズムの立場 ・マルクス主義の「科学的」世界観とそれをベースにした宗教批判やユートピア批判に対するアナーキズムの立場 ・ランダウアーの宗教性(「神秘的アナーキズム」とシオニズム) を解明したい。こうした問題設定の関連で、ランダウアーに大きな影響を与えたマルティン・ブーバー、また、やはりアナーキズムの潮流に身を置き、ブロッホのスイス亡命期(1917-1919)の同志となるフーゴ・バルについても調査する。以上の研究を推進すべく、今年度もドイツでの調査を実施し、国内・国外の研究者との意見交換もさらに積極的に進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
H28年度用に、ドイツへの海外旅費を計上していたが、諸般の事情により、航空チケットを、本プロジェクト採択結果が出る以前に購入したため、夏期に実施した、ベルリンおよびフランスでの調査費について、本プロジェクト予算から支出することができなかった。そのため、29万3989円の残額が出る結果となった。
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次年度使用額の使用計画 |
H29年度は、当初の計画にある物品費20万円を、29万3989円とする。また、夏にランダウアーの中心的な活動拠点の1つであったベルリンへの調査を予定している。その他、国内旅費も含め、旅費を当初計画より10万円増加して70万円とする。また、研究者の新潟招聘のために10万円を計上する。
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