最終年度においては、昨年度から集中的に取り組んでいるフーゴ・バルの一次資料のさらなる調査・分析を行った。それを、これまで研究の蓄積があるブロッホの思想とつきあわせた。一般的には前衛芸術ダダイズムの創始者として名を知られているバルについて、1.ランダウアーからの影響も受けつつ、さらにその源泉となっているロシアのアナーキズム、とりわけバクーニンに遡る思想をドイツに媒介する重要な役割を果たした、2.〈キリスト教的アナーキズム〉に基づき、第一次世界大戦期において、ドイツのプロテスタンティズム思想の孕む問題性(権威主義、非民主性、宗教性と結びついた軍国主義)に徹底的に取り組み、ドイツを批判する視座を獲得した、3.大戦の危機のなか、プロテスタント的ドイツとは異なる理想をもったオルタナティブの思想を、ドイツやヨーロッパの過去から発掘したことを明らかにし、4.スイス亡命期において同志であったブロッホと、アナーキーで動的な歴史観、歴史哲学を共有していることを明らかにした。この成果を、10月にドイツのチュービンゲン大学で開催された国際シンポジウムにて発表した。この論考は、雑誌Literaturstrasseで2019年に刊行される予定である。さらに、ブロッホの最後の直弟子であったスイスの哲学者・社会活動家のベアト・ディーチィ氏を11月に日本に招聘し、東京と新潟で講演会を開催した。特に「宗教における遺産」というブロッホ後年の考えについて、本プロジェクトのテーマとの関連で議論を行った。 本プロジェクト期間全体を通して、当初の想定を超えて、フーゴ・バルの重要性が明らかになったのが大きな成果であった。近年整理された全集を精査するなかで、〈キリスト教的アナーキズム〉というバルの特異な思想が、単なる社会主義/マルクス主義という枠を超えた、〈包括的な遺産の思想〉へとブロッホを導いたことが解明できた。
|