研究課題/領域番号 |
16K02564
|
研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
番場 俊 新潟大学, 人文社会科学系, 教授 (90303099)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 顔 / 身体 / バフチン / ヴィゴツキー / ドストエフスキー |
研究実績の概要 |
本研究は、(1)バフチンとヴィゴツキーの記号論における「顔」と「身体」という二つの思考モデルの比較検討、(2)バフチンの思考を19世紀後半以降のロシア文化史に位置づけなおす系譜学的研究、(3)バフチン、ヴィゴツキーとロシア・アヴァンギャルドの関係の検討、(4)文化研究にとって現代の情動論がもつ意義の検討の四つを柱としている。今年度は(1)、(2)、(4)を中心に研究を進めた。 (1)については、ヴィゴツキーが『情動に関する学説』(1931-33年)においておこなった心理学批判――スピノザのうちに自らの先駆者を認めようとしていたジェームズとランゲの情動末梢起源説は実はデカルトにより多くを負っており、デカルトの心身二元論はいまだ克服されていない――をとりあげ、デカルト的コギトに対するヴィゴツキーとバフチンの評価の違いについて検討した。 (2)については、今年度初めに刊行した研究成果から、ドストエフスキー『白痴』(1868年)における観相学的ディスクールの影響とその変容――とりわけ、作家トゥルゲーネフとヴィアルドー夫人の「肖像ゲーム」が記号の歴史においてもった意義と、他者の顔を指さす主人公たちの身振り――を論じた部分をとりあげ、第17回国際ドストエフスキー学会シンポジウムにおいて発表した(XVII Symposium of the International Dostoevsky Society,Boston University, July 18, 2019)。 (4)については、アリストテレスが悲劇の根本情動として挙げた「あわれみとおそれ」の20世紀的受容の一事例として、夏目漱石のテクストを検討し、学内の研究会で発表した(第58回新潟大学人文学部国語国文学会、2019年9月28日)。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
今年度はじめのドストエフスキー『白痴』論の上梓と、その成果の一部の国際学会における発表によって、研究課題(2)(および、それに関連する若干の(3))については、おおむね満足のいく成果をおさめることができた。研究課題(4)についても、漱石のテクストを情動のレトリックという関連から分析することで、近代文学研究における情動論的視座の有効性を確認するなど、一定の成果があったと評価しているが、研究課題(1)および(3)については遅れている。とりわけ(1)については、『情動に関する学説』において、ヴィゴツキーが情動のジェームズ=ランゲ説をはじめとする先行研究に対する批判のなかで暗示的に示しているようにみえる身体論と、彼が『言語と思考』(1934年)や「子どもの発達における道具と記号」(1930年)といった著作で展開していた記号論の関係づけに難渋しており、神谷栄司(『未完のヴィゴツキー理論』三学出版、2010年)がいう「ヴィゴツキー理論におけるバフチン―スピノザ問題」に対する見通しはまだ立っていない。 とはいえ、『高次精神機能の発達史』(1931年)や『思考と言語』に代表される「文化―歴史理論」に向かう傾向と、『情動に関する学説』に代表される身体論的傾向の二つは、ヴィゴツキーの事実上の処女作『芸術心理学』(1925年)のうちに混然一体となって存在しており、彼の芸術理論を媒介に両者の関係を描き出すことによって、神谷の心理学的・思想史的な整理とは違うアプローチをとることが可能であるように思われる。
|
今後の研究の推進方策 |
当初計画では、本研究の成果を、2020年8月4-9日にカナダのモントリオールで開催される第10回国際中欧・東欧研究評議会(ICCEES)世界大会で発表する予定であったが、新型コロナウィルス感染拡大の影響で2021年8月に延期となった。本研究課題は2020年度で終了となるため、不確定な要素はあるが、本研究の成果の一部は順延された2021年の大会で発表する予定である。今年度は、学術雑誌への論文投稿等による成果の公表を目指す。 研究課題(1)については、『情動に関する学説』の検討を続けるが、ヴィゴツキーの情動理論(およびそれに対するスピノザの影響)を体系的に論じようとした際に生ずる前述の困難も考慮し、むしろ『高次精神機能の発達史』や「子どもの発達における道具と記号」といった著作に重心を移して、記号を「人間が行動の統御(овладение, mastery)のために作りだした手段」と規定するヴィゴツキーの記号概念の特徴をまとめ、バフチンのそれと比較する作業を優先する。その際、ヴィゴツキーにおける短編(ノヴェラ)への言及(『芸術心理学』におけるブーニン「軽やかな息」1916年の分析)と、バフチンにおける長編小説(ロマン)の特権化をあわせて検討することによって、両者の記号概念にとって、それぞれが思考の対象として選択した言語芸術ジャンルの差異が、少なからぬ意味をもっていたことを示す。 研究課題(2)と(3)については、ドストエフスキーの『罪と罰』(1866年)に対するバフチン的なアプローチの有効性を再検証する作業を行う。 研究課題(4)については、漱石における情動のレトリックを、さらに『文学論』(1907年)まで拡げて検討する予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2020年8月に予定されていた国際学会(国際中欧・東欧研究評議会(ICCEES)世界大会)への参加旅費に充当するために残しておいたものである(ただし、既に述べたように、この大会は2021年に延期になった)。
|