研究課題/領域番号 |
16K02564
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
番場 俊 新潟大学, 人文社会科学系, 教授 (90303099)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 顔 / 身体 / バフチン / ヴィゴツキー / ドストエフスキー |
研究実績の概要 |
本研究は、(1)身体論のパースペクティヴからのバフチンとヴィゴツキーの記号概念の再検討、(2)19世紀小説における記号と身体の関係の系譜学的探究、(3)ロシア・アヴァンギャルドをはじめとする20世紀芸術・芸術論における身体の言説の検討、(4)ロシア記号論が今日の文化研究にとってもつ意義の考察の四つを柱としている。今年度は(1)、(3)、(4)の課題を中心に研究を進めた。 研究課題(1)については、バフチンとヴィゴツキーの記号概念を20世紀前半のロシアにおける身体の言説のなかに位置づける作業をおこなった。「顔」や「身体」といった主題に対する言及は複数の異なる文脈が交差するなかでおこなわれている。バフチンによる「声」の問題化は、ロシア・フォルマリズムによる「語り(スカース)」への注目や、宗教哲学による「人格/ペルソナ」概念の称揚に対する応答としてなされており、ヴィゴツキーの記号概念は、逆に、記号の問題を人格的なものから切断することによって得られている。 研究課題(2)については、バフチンが、ドストエフスキーにおける「シンボル」の概念を、信仰の象徴としてではなく、信仰への問いとして提起していることを検討した。 研究課題(3)については、「声」と「顔」をめぐる言説が、20世紀前半のロシアにおいて、芸術と宗教と政治の境界において出現していた背景を検討した。「声」と「顔」をつなぐものが「人格/ペルソナ」という概念であったとすれば、神の顔のイコノグラフィーは権力のイコノグラフィーに直結し、イコンに対する両義的な関係を通してアヴァンギャルド絵画の実践にもつながっている。 研究課題(4)については、ホイジンガ、カイヨワ以降の遊戯論に対するヴィゴツキーの貢献を検討した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
新型コロナウィルス感染症のパンデミックで全面オンラインになった講義への対応に多大な時間がとられ、予定していた国際学会も延期されたことなどによって、研究に遅れが生じており、研究期間の一年延長を余儀なくされることになった。上記(1)および(3)の課題については、バフチンのテクストを軸に、「声」と「顔」という主題が、20世紀初めのロシア文化史における文芸学と宗教学と芸術論の境界領域において浮上しているさまを記述した短いエッセイにまとめることができたが(令和3年度中に刊行予定)、ヴィゴツキーについては、『高次精神機能の発達史』(1931年)や『思考と言語』(1934年)に代表される「文化―歴史理論」に向かう傾向と、『情動に関する学説』(1931-33年)に代表される身体論的傾向の二つを結びつけるという一昨年度以来の課題は難渋している。研究課題(2)については、ひきつづきドストエフスキーの『罪と罰』(1866年)における記号の反シンボル的な様態について、パノフスキーのイコノロジーにおける記号の多層的分析やアルチュセールによるイデオロギー分析を参照しつつ、19世紀リアリズムの変容の歴史のなかで検討する作業を開始するとともに、寓話の分析から短編小説(ノヴェッラ)をへて悲劇へという道筋をたどる『芸術心理学』(1925年)のヴィゴツキーのジャンル論が、長編小説(ロマン)を取り逃してしまっていることの意味について検討したが、まだ分析の端緒にとどまっている。研究課題(4)については、とりわけ今日の情動論に関して、これまでおこなってきた検討をまとめる作業が課題として残されている。
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今後の研究の推進方策 |
当初計画では本研究の成果の発表機会となるはずであった2020年8月の第10回国際中欧・東欧研究評議会(ICCEES)世界大会は、2021年8月に延期されてオンラインで実施されることになった。本研究代表者が参加している別の科学研究費研究課題(基盤研究(B)「ロシア・旧ソ連文化におけるメロドラマ的想像力の総合的研究」、代表・安達大輔)と一部の内容が重なるが、そこで上述の研究課題(3)、ドストエフスキーの『罪と罰』(1866年)における反シンボル的な記号についての成果を発表する予定である。 研究課題(1)については、ヴィゴツキーの最初期の著作である『芸術心理学』における記号概念の特異性について、そこに後年の『高次精神機能の発達史』や『情動に関する学説』といった著作に見られるアイデアの萌芽が見られることを明らかにする作業をすすめる。この作業を通して、対面状況にある「私」と「他者」というモデルから出発して対話理論を構築したバフチンと、人とモノの関係から出発し、記号を人間が自らの行動をコントロールするために作りだした手段とみなす心理学者ヴィゴツキーの対立を明らかにする。 研究課題(3)、(4)については、上記(1)、(2)を優先しつつ、可能な限り検討をおこなう。(3)については、バフチンとヴィゴツキーの関係を、エイゼンシュテインの著作を補助線として描き出したイヴァーノフの古典的な研究(「記号、発話、対話に関するM.M.バフチンの考えが現代の記号論にとってもつ意義」1973年)を批判的に再検討し、(4)については、近年のクィア・スタディーズによる精神分析的身体論・情動論への批判をふまえつつ、バフチンやヴィゴツキーの仕事の現代的な意義に関して考察する。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウィルス感染症パンデミックへの対応のための勤務先大学での教育負担の増加や、予定していた出張の中止による研究の遅滞が主な理由である。令和2年度から3年度に延期された国際学会はオンライン実施となったが、そこで余裕の出た予算は文献資料等の充実にあてる。
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