本研究課題の初年度にあたる今年はまず、モラル・エコノミーや、西欧における情念と経済(商業)の関係などについての理論的研究、ドストエフスキーの時代におけるロシアの経済状況に関する研究、ドストエフスキーに関する先行研究などを調査し、ドストエフスキーの諸作品において、遺産・負債・賭博などの経済、特に貨幣にまつわる要素が作品全体において果たす意味について考察を進めた。作品で問題化される西欧とロシアとの関係を、世界システムにおけるロシアの地位の問題の反映ととらえ、貨幣にまつわるテーマをとおして、西欧的な「経済人」に対抗するロシア的主体が創出される論理について検討した。この分析をもとに、2017年度に学会発表や論文化を行いたいと考えている。 3月には、ロシア国立図書館(モスクワ)にて19世紀ロシア文学関連の資料を収集し、国内外の研究者との交流も行った。 19世紀ロシア文学を対象とした本研究は、以前から行っている、ソヴィエト的主体に関する経済的観点からの研究の延長線上にあり、二つの研究は同じ理論的関心に基づいている。6月には、この問題関心に基づく報告「再始動する批判的知性――ポスト・スターリン期の文学と社会」を行い、それをもとに論文を執筆した。 さらに、中世から現代に至るまで原料輸出がロシア社会の経済基盤をなしてきたという広い歴史的視野から、世界システムにおけるロシアの位置と、それが規定する文化形態について論じる見通しを得た。本研究課題を進めていくための準備ができたと考えている。
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