今年度は、再度延長された第6年度目に当たるため、研究内容は本来の研究計画の第4年度目の内容を基本的に踏襲する予定であった。しかし研究環境が感染症の流行によって大きく変化したため、「仮説の検証」として導入したベーメにおけるエクリチュールにかかわる研究については、断念せざるをえなくなった。資料収集などが円滑に行われるようになるのを待って別の形で再開したい。 文献の整理に多くの時間を割くこととなった。その過程で、今年度は本来のテーマに戻り、リルケの詩論に取り込まれたオカルティズムの意義を多角的に総括する作業に関わった。そのさい、昨年度の終盤以来入手した、ワイマール音楽大学のヘーネ教授ら編集の「知識人のプラハ」シリーズがたいへん役に立った。20巻近い既刊の中でもとりわけ『アウグスト・ザウア―』、『フリッツ・マウトナー』、『間文化性、翻訳、文学』の3巻からは、多大の刺激を受けた。 リルケがその文学的出発以前に、なぜオカルティズムに傾斜していったかは、長年の謎であったが、それを解く鍵が上記の3巻に強く暗示されていた。それはリルケの幼少期を過ごしたプラハの言語状況に起因すると考えられる。この都市の間文化性の負の側面をどうにかして肯定的、創造的なものへと転じること、リルケの生涯はこの読み替えの仕事であったことが理解できた。オカルティズムへのほとんど無前提な志向は、若いリルケが考え出した、プラハの危機的な言語体験の一つの解決策であったと推察できる。以上によってリルケのオカルティズムに関わる内面史が、ほぼ完結を見た。
業績としては、事典の担当項目の原稿を預けてある出版社から、令和3年秋に当該事典の出版予定証明書が発行されたので、本年度の業績とした。
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