研究課題/領域番号 |
16K02574
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研究機関 | 武蔵大学 |
研究代表者 |
桂 元嗣 武蔵大学, 人文学部, 准教授 (40613401)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 中央ヨーロッパ / カカーニエン / オーストリア / ムージル / アウストロ・ファシズム / カトリシズム / ユダヤ性 / 呪物(フェティッシュ) |
研究実績の概要 |
本研究は2000年代以降の中欧研究におけるムージルの「カカーニエン」概念の機能と妥当性を探るものである。その際、①ムージルと同時代の作家によるオーストリア論との比較、②ムージルの主著『特性のない男』生成過程との関係、③「カカーニエン」概念の現在までの受容状況の分析、という3つの観点にもとづいて研究を行っており、平成28年度と平成29年度は主に①の観点から研究をしている。 平成28年度は同時代の作家のうちフランツ・ヴェルフェルを中心に取り上げ、ムージルによって「呪物(フェティッシュ)」的と評される彼の言語用法を、短編小説「悲しみの家」やエッセイ「オーストリア帝国についての試論」を用いて分析した。そのうえでヴェルフェルのオーストリア観を、ドイツ・ナショナリズム的観点からなされたオーストリア論や、ヴェルフェルを批判するムージルのオーストリア観と比較した。 ヴェルフェルのオーストリアに対する郷愁に満ちたまなざしと彼のユダヤ性との関連については従来より指摘があるが、そのまなざしが同時にカトリック的身分制秩序に根ざしたアウストロ・ファシズム期のオーストリア観と親和性をもつ点を指摘できた点は、中欧研究におけるオーストリア論の位置づけを行う上で重要である。 研究は基本的には個人で行ったが、シンポジウムで発表を行うに先立ち、お茶の水女子大学の前田佳一氏らとともに月に一度研究会を行い、使用テクストについての理解を深めた。研究成果は、平成28年10月23日に関西大学で開催された日本独文学会秋季研究発表会・シンポジウムⅧ(「人殺しと気狂いたち」の饗宴あるいは戦後オーストリア文学の深層)において「「この時代」の文化批判―ムージルの「カカーニエン」とアウストロ・ファシズム」というタイトルで口頭発表を行った。発表内容は論文として加筆修正したうえで研究叢書にまとめられ、平成29年度中に刊行予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年度の研究実施計画にもとづき、ムージルと同時代の作家によるオーストリア論をフランツ・ヴェルフェルを中心に研究し、日本独文学会の戦後オーストリアに関するシンポジウムでの口頭発表を無事実施することができたため、おおむね順調に進展していると評価している。 またこのシンポジウムに先立ち、平成27年度5月に日本独文学会(於武蔵大学)で開催されたシンポジウムでの口頭発表原稿「『伝説的人物』か、前衛芸術の父か―戦後オーストリアとギュータースロー」を、叢書『ウィーン1945-1966―オーストリア文学の「悪霊」たち』(桂元嗣編、日本独文学会叢書114)向けに加筆修正したうえで、予定どおり掲載・刊行した。それにより平成28年度以前の研究成果と本研究との連続性を示すことができた。 研究を進めるにあたっては、武蔵大学図書館、東京大学図書館をはじめとする日本全国の図書館資料を利用するとともに、平成28年8月にはオーストリア・ウィーンの国立図書館で資料収集を行った。ただし、計画では平成29年度の研究を円滑に進めるために、平成29年春にも渡航予定だったが、学内業務のため渡航することができなかった。そのため、現時点ではオーストリアでの資料収集に若干の遅れが生じているが、平成29年度以降にもともとの渡航計画を延長することによって補うことが可能であると考えており、研究全体の進捗状況に大きな影響は生じないものと評価している。 さらに、本研究の成果を含む著書(タイトル未定、春風社)の刊行が平成30年3月に予定されており、その執筆作業に着手できたという点からも順調といえる。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年3月に刊行予定の著書(タイトル未定、春風社)は、旧ハプスブルク帝国諸国の歴史と文学を扱うことになっている。同書では本研究の成果にもとづき実施している講義の内容をまとめ、さらに平成29年度の研究成果を反映する予定であるが、刊行時期が迫っているため、平成29年度は同書執筆を中心に行う。同書についてはすでに大半の資料を収集済みだが、新たに必要となる資料については、購入するか、日本国内およびウィーンの図書館で収集する。 著書執筆に際し、取り上げる地域や作品解釈に関わる資料の写真が必要となる。著書は現在のオーストリアとチェコにあたる領域の歴史と文学を中心に論じているが、一部の章でポーランド、ハンガリー、旧ユーゴスラヴィア諸国の文学作品も扱っている。平成29年度夏にすべての地域を網羅的に滞在することは難しいため、今後の研究との連関を考慮しつつ、オーストリア、チェコ、ハンガリーを中心に滞在し、資料収集を行う。 交付申請書にあるとおり、平成29年度はムージルと同時代の作家によるオーストリア論を分析する予定である。計画上は第一次世界大戦中にムージルが所属した戦時報道局出身の作家のうち、ブライもしくはギュータースローを扱う予定であった。しかし、両者の言説の分析を通じて導き出そうとしていたオーストリア論におけるカトリック的要素は平成28年度のヴェルフェル研究においてすでに見出すことができたため、今年度は彼らドイツ系オーストリア人の言説ではなく、非ドイツ系オーストリア人によるオーストリア論の分析を行う。具体的には戦時報道局出身の作家でハンガリー系のモルナール・フェレンツを取り上げる。彼については現在執筆中の上記著書でも触れるが、まだ基礎的な研究しか行っていないため、研究成果については当初予定していた日本独文学会の発表でなく、まず『武蔵大学人文学会雑誌』に論文を掲載する形で示す予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
学内業務の都合で当初予定していた調査出張を行うことができなかったことが、次年度使用額が生じた一番の理由である。 また、平成28年度の交付申請書において購入予定だった物品のうち、ムージルの遺稿DVDについては、平成28年度に遺稿を新たに編集した全集がオーストリアの出版社(Jung und Jung)より出版されることが発表されたため、購入を見送った。また図書館で資料撮影をするためのカメラについては、平成28年度については図書館での撮影機会がなく、その他の場面では所有していたカメラを利用したため、カメラの購入を行わなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
調査出張分の費用については、平成29年度夏に予定していた調査出張を延長するかたちで使用する予定である。 また、購入を見送ったムージルの遺稿DVDの代わりに、平成28年度より随時刊行されているムージル全集(Jung und Jung社、全12巻、うち2巻は平成28年度に購入済み)を購入予定である。
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