研究課題/領域番号 |
16K02574
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研究機関 | 武蔵大学 |
研究代表者 |
桂 元嗣 武蔵大学, 人文学部, 教授 (40613401)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 中央ヨーロッパ / カカーニエン / ムージル / テクスト生成論 / 編集 / フェテッシュ / チェコ / ナショナリズム |
研究実績の概要 |
本研究は2000年代以降の中欧研究におけるムージルの「カカーニエン」概念の機能と妥当性を探るものである。その際、①ムージルと同時代の作家によるオーストリア論との比較、②ムージルの主著『特性のない男』生成過程との関係、③「カカーニエン」概念の現在までの受容状況の分析、という3つの観点にもとづいて研究を行っており、2018(平成30)年度は主に②の観点からの研究となる。 2018(平成30)年度は、1930年代に書かれた『特性のない男』構想のうち、「カカーニエンのとある都市についての記述」という草稿に着目した。この草稿はチェコ・モラヴィアのブルノとおぼしき都市(B市)で生じたデモの背景にある人々の「精神的に一律なもの」を求める情動についての考察が中心となっている。この考察がフェテッシュをめぐるムージルの情動に関する考察と結びつきつつ、多民族国家カカーニエンにおける秩序とその崩壊をイローニッシュに描くテクストの構成原理といかにかかわっているかを、2016年より刊行がはじまったムージル全集の編集上の問題をふまえつつ研究を行った。研究にあたり、ブルノおよびチェコの周辺都市を実際に訪れ、ムージルがブルノで青春時代を過ごした当時の多民族・多文化的状況についての調査や、テクストで描かれる記述内容との比較を行った。 研究成果については、日本独文学会秋季研究発表会(名古屋大学東山キャンパス・文学II・E会場・9月29日)にて「構成的イロニー再考―新版ムージル全集における『特性のない男』の編集上の問題とカカーニエン構想について」という題目で口頭発表を行い、参加者と意見交換を行った。 研究は基本的に個人で行ったが、2016(平成28)年度にシンポジウムを行ったメンバーである前田佳一氏(お茶の水女子大)らとともに引き続きオーストリア文学に関する研究会を2ヶ月に一度のペースで行っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2018(平成30)年度の研究実施計画にもとづき、ムージルの未完の主著である『特性のない男』構想と「カカーニエン」概念の成立過程との関係について研究を進め、その内容を9月に日本独文学会で口頭発表することができたため、おおむね順調に進展していると評価している。 また、刊行予定の著書(『中央ヨーロッパ―歴史と文学』(仮)・春風社)についても引き続き執筆を行うことができた。 研究を進めるにあたっては、武蔵大学図書館、東京大学図書館をはじめとする日本全国の図書館資料を利用するとともに、8月~9月はオーストリア・ウィーンの国立図書館、チェコ・ブルノのモラヴィア図書館等で資料収集を行った。ただし当初の計画では2019(平成31/令和元)年度の研究を円滑に進めるために2019(平成31)年2月にも渡航予定だったが、学内業務のために渡航することができなかった。一部図書についてはオーストリア国立図書館の複写サービスを利用するなどして補ったが、2019(平成31)年3月の時点ではオーストリアの資料収集に若干の遅れが出ている。ただし、2019(平成31/令和元)年度に武蔵大学特別研究員制度で1年間オーストリア・ウィーンに滞在することが決まり、オーストリアでの資料収集が円滑に進むことが明らかであるため、研究全体の進捗状況に大きな影響は生じないものと評価している。
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今後の研究の推進方策 |
交付申請書にあるとおり、2019(平成31年/令和元年)度はムージルが提示した「カカーニエン」概念の現在までの受容状況を中心に研究を進める。当初の計画ではカカーニエンについて言及されている文献を3つの時代に分け、それぞれの時代を別々に分析する予定だった。しかし資料収集の過程で、セルビア生まれのオーストリア文学作家ミロ・ドールが、冷戦崩壊後の中央ヨーロッパについてエッセイ集『中央ヨーロッパ』(1999)でムージルのカカーニエンをふまえつつ言及をしていることがわかった。ドールは冷戦中に代表作とされる小説を発表しており、その中でセルビア・ベオグラードとオーストリア・ウィーンという二つの都市を重ね合わせる表現手法、もしくはその両者の区別が重要でないような世界観を提示している。こうしたまなざしは2017(平成29)年度に研究を行ったハンガリー出身の作家モルナールにも共通してみられるものであり、ドールの作品を集中的に分析することで従来の研究を継続しつつ本研究の目的が満たせるという見込みがついた。そのため次年度は彼の作品、具体的には冷戦中に書かれた『ライコウ・サガ』の一部を取り上げ、さらに比較対象として冷戦後のウィーンや中央ヨーロッパについて書かれたエッセイを中心に研究を進める。研究成果については論文での発表を予定している。 また、本研究課題の成果をふまえた著書(『中央ヨーロッパ―歴史と文学』(仮)・春風社)については、2020(令和2)年3月の刊行を予定しており、引き続き執筆をつづける。上述のように、次年度はウィーンに一年間滞在しているため、執筆のために必要な資料については主にオーストリア国立図書館、ウィーン大学図書館で入手する。また著書に必要な資料・写真を入手するため、夏を中心にオーストリア、チェコのほか、ハンガリー、旧ユーゴスラヴィア諸国などに滞在予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
オーストリアへの現地調査を予定していたが、所属機関の業務のスケジュール上の都合で実施できなかった。未使用額は2019(平成31/令和元)年度請求額で実施する現地調査費用の一部とする計画である。
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