本年度は、対象をこれまでの前漢から後漢に移し、文人の創作における自己語りについて研究を行った。 前漢末の劉[音欠]の「遂初賦」は、左遷されて北方に赴く際の思いを、道中の景物の描写や歴史への言及をまじえてうたった。王莽期の混乱に遭遇した班彪の「北征賦」は、同様の体裁と内容をもち、さらに一人称の自己語りを突出させたものである。一方、王莽に仕えたことを恥じて隠遁した崔篆の「慰志賦」は、「北征賦」のような旅程の描写こそないものの、同様に大量の歴史故事を引きつつ自らの思いを述べる。両者はともに『楚辞』「離騒」のスタイルをとりながら、もはや屈原の物語に依拠することなく、直接に自己を表出するのである。後漢に入ると、班固の「幽通賦」、班昭の「東征賦」、馮衍の「顕志賦」などが続々と現れ、旅の道のりをうたう紀行賦と、自らの信条を述べる述志賦とが、類型として確立する。両者はそれぞれの独自性を持ちつつも、歴史故事を踏まえつつ自己を語るという共通点を持ち、いわば「離騒」の系譜が生んだ双子である。両漢交代期の混乱を経て、宮廷の外に豪族の勢力が成長してゆく一方、人々は社会不安の中で、過去の歴史をふりかえりつつ自己を見つめるようになる。こうして、屈原の伝説と結びついた「賢人失志」の文学は、自己を直接に語る「士人守志」の文学へと作り替えられたのである。 以上の内容は、第13届国際辞賦学研討会(10月、中国)において研究発表を行った。研究の少ない後漢の賦について論じるとともに、そこに自己語りの文学の始まりというジャンルを超えた位置づけを与えることができた。 これに加え、『漢書』礼楽志の訳注作成を引き続き進め、完成に近い状況までこぎつけた。
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