研究課題/領域番号 |
16K02581
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
谷口 洋 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (40278437)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 中国文学 / 歌謡 / 物語 / 賦 / 漢代 |
研究実績の概要 |
今年度は、本研究の核心であるクロスジャンル的視点から、「うた」と「ものがたり」の交錯という現象について研究を行った。 その端的な例として、前漢尹湾漢墓「神烏賦」に関する考察を行った。この賦は、雌烏が盗賊烏に襲われ、夫である雄烏の前で息絶えるという物語を、四言を主とする素朴な韻文の形でうたったものである。出土した当初は、民話的な内容や古楽府との共通性から、最古の民間俗賦といわれたが、その後、措辞や内容に儒教色が濃厚であることから、知識人の作とする反論がされている。今回の研究では、さらに『史記』に似た迫真の描写や、楚辞にみられる慨嘆の表出など多様な要素が見出され、それらを取り込む賦という形式の総合性が明らかになった。この賦は短編ではあるが、これまで論じられてきた以上に多くの問題をはらんでいるのである。 もう一つの例としては、後漢の王逸による楚辞の模擬的作品「九思」を取りあげた。「九思」は屈原の「九歌」に倣ったものであるが、内容はむしろ「離騒」や「九章」を取り入れ、九つの篇を屈原の生涯をなぞるように排列して、全体として屈原の伝説と作品世界とを再構成したものとなっている。そこに示された、漢代にふさわしく作り替えられた忠臣としての屈原像は、王逸自身による楚辞の注釈『楚辭章句』とも整合するものである。以上の内容は、国際学会で発表し、論文を提出した。直接には研究分担者として参画した他の研究課題の内容であるが、本研究のクロスジャンル的視点を取り入れることによって、より豊かな成果を生むことができた。 他に並行して取り組んできた『漢書』礼楽志訳注は、すでにおおむね完成しているが、公開によって当初の想定以上の学術的意義が見込めるため、研究期間を延長して一層の整理を加えることとした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
過去3年の研究をふまえ、「うた」と「ものがたり」の交錯というクロスジャンル的視点からの研究を行い、本研究の目的を総体として達成した。「神烏賦」については研究成果の公開を見送ったが、本研究の視点の有効性が改めて示され、研究上の豊かな鉱脈を掘り当てたということができる。 『漢書』礼楽志訳注も内容は完成しており、当初の計画を一応達成している。公開に向けて万全を期すため、研究期間を延長したが、研究の進捗自体に遅れはない。
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今後の研究の推進方策 |
延長された研究期間において、『漢書』礼楽志訳注の最終的整理と公開を行う。礼楽志所収の祭祀歌謡については、すでに詳細な訳注を公開しており、今回『漢書』本文の訳注が作成されたことで、高い相乗効果が期待できる。公開に際しては、冊子体の形にまとめて配布する計画である。条件が整えば、ウェブ上での公開も検討する。 今年度着手した「神烏賦」については、性急に成果を公表するよりは、むしろ今後の研究課題と考えているが、延長された研究期間を生かして継続的に研究を進める。その推移によっては、成果公表の可能性も探っていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
『漢書』礼楽志訳注を冊子体にまとめるための経費を計上していたが、公開に向けてさらに整理を加えるため研究期間を1年延長した。それに伴い、当該経費を次年度に使用することとした。
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