本研究課題は、いわゆる「刺激の貧困」という考えかたに沿って、日本語複文の構成素構造が、第一次言語資料(対子供発話)だけに基づいては獲得しにくいのではないかという着想のもとに、実際に獲得しにくいと言えるのかどうか、獲得しにくいとすればどのような生得的知識が要求されるのか、といった問いに取り組んできた。最終年度に実施した研究においては、焦点を当ててきた日本語複文構造の獲得のみならず、刺激の貧困を利用する研究の方法論的基盤に関わる研究を展開することになった。刺激の貧困にもとづくアプローチにおいては、学習者が受け取る第一次言語資料および競合する複数の文法仮説を検討するが、その際に以下の3つのことが重要であることが明らかになった。(1)実際に問題にしている競合仮説をG1とG2とすると、G1、G2両方を許すような仮説空間が規定されていること。(2)ある文法仮説、例えばG3が与えられたときに、G3が仮説空間に含まれるかどうか自動的に決定できるように仮説空間が規定されていること。(G3も仮説空間に含まれ、G1とG2と違っているのであれば、競合仮説の集合に含めなければならない。)(3)1と2を達成する具体的な提案として、パラメタ設定のモデルを利用すると明示的な仮説空間の規定が可能になる場合があること。以上の観点から日本語複文構造の獲得のみならず、他の文法性質の獲得にかんする先行研究、とくに英語のone置き換えの研究について、上記の観点から方法論的な再吟味を行った。
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