研究課題/領域番号 |
16K02651
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研究機関 | 安田女子大学 |
研究代表者 |
宮岸 哲也 安田女子大学, 文学部, 准教授 (30289269)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | チベット=ビルマ派言語 / 授与補助動詞構文 / benefactive / malefactive / 非能動構文 / 与格経験者主語 |
研究実績の概要 |
今年度の研究成果としては、まずゾゾ語名詞句の構造の記述がある。主名詞の前後に形容詞、指示詞、数量詞句、修飾節がどのような語順で出現するのかという規則性を示すことにより、チベット=ビルマ語派言語の比較研究に有益なデータを提供した。また、修飾節については、追加的な調査として修飾節とそれが修飾可能な名詞との統語的・意味的関係を調べた。このデータは、国立国語研究所の「名詞修飾表現―対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法―」の共同研究プロジェクトに提供した。 本研究の主要テーマであるゾゾ語の授与動詞構文については、授与補助動詞を持つ構文が、与益構文(benefactive) と加害構文(malefactive) の双方において広範囲に用いられるだけでなく、主体の非意志的行為を表す非能動構文(inactive)を作り、更にはその主体が与格で標示される経験者主語構文にもなり得ることを明らかにした。従来の研究では、アジアの広範囲の言語において、授与補助動詞構文が与益・加害の意味を表すことが報告されている。しかし、授与補助動詞構文が非能動構文としても用いられるという事例は、管見の限り、今まで報告されてこなかったことである。また、与格経験者主語構文が、インド・アーリア系言語と接触した西部チベット=ビルマ語派言語の一部にも見られることは既に知られているが、ゾゾ語のような東部チベット=ビルマ語派言語にもこのような構文があるという指摘は今までなかった。今回、消滅の危機にあるゾゾ語の授与補助動詞構文のテータを多く収集し、詳細に分析することで得られた新たな発見は、東部チベット=ビルマ語派言語の授与補助動詞構文研究を再考する上で重要なことだと考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度の第1回目の現地調査では、電子ファイル化したゾゾ語データ(名詞句構造と授与補助動詞構文)の検証・修正作業を、ゾゾ語母語話者の李紹恩氏の協力を得て行い、計画通りに全て終わらせることができた。これらのデータは、調査後の整理・分析を経て、名詞句構造の解明と、授与補助動詞構文の分類と仮説提示につなげた。名詞句構造については、分析結果の考察を済ませ、既に紀要論文にまとめている。 第2回目の現地調査では、ゾゾ語の授与補助動詞構文の分類と仮説の検証・修正を、李紹恩氏の協力を得ながら行った。その結果、一部のデータの誤解釈が修正され、仮説の妥当性を補強する新たなデータも加わり、最終的にこの構文を詳細、かつ包括的に分析するための十分なデータを揃えることができた。なお、ゾゾ語の授与補助動詞構文に関する新たな発見について、次年度に行われる国際学会での口頭発表に申請したところ採択されており、研究成果の発表に向けた準備を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、当初の計画通り、本研究の今までの成果を踏まえ、授与補助動詞構文の類型論的分析へと進めていく予定である。 本年度の研究では、ゾゾ語の授与動詞が与益・加害構文のみならず、非能動構文までも作れることがわかった。このことは、ゾゾ語の授与動詞が日本語の授与動詞「くれる」「やる」以上に文法化が進んでいることを物語っている。そこで今後は、ゾゾ語授与補助動詞構文を基にして、授与補助動詞構文の文法化の発展過程を通言語的に見る新たな枠組みを構築したい。これは、従来与益構文としてのみ位置づけられてきた授与補助動詞構文の類型論的研究を、更に一歩進めるものである。 以上の目的のために、今後は以下の方策で研究を推進していく。①ゾゾ語授与補助動詞構文が文法的に表す意味機能がそれぞれどのように関連し合い、区別されるかをデータの分析により解明する。②日本語を含めた諸言語の授与補助動詞構文のデータを先行研究から収集し分析する。③収集・分析した言語の母語話者や研究者を対象に、必要に応じて追加的なデータ提供を求める。④以上のデータをもとに、授与補助動詞構文の文法化の段階別モデルを設定し、収集・分析の対象となった諸言語を段階ごとに位置づける。 以上のことを進めるために、今後は、チベット=ビルマ語派言語の研究者や、言語類型論の研究者が集まる研究会で発表し、本研究に関する意見や情報の交換を行っていく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
勤務大学での業務の関係で、調査旅行の期間を予定していたよりも短縮せざるを得ず、結果として旅費と人件費・謝金が予定額よりも少なくなってしまった。翌年度については、中国在住の調査協力者を日本に招聘し、共同で研究成果を発表するための経費に充当する予定である。、
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