言語の歴史を記述すると言えば、過去のある時代の資料とそれとは異なる時代の資料を比べることで違いを明らかにし、そこに変化の流れを読み取ることが多い。この一連のプロセスにおいて必須と感じられるのは、複数の時代の言語資料ということになるが、印欧語比較言語学においては、ギリシア語やサンスクリット語など現存する言語データを活用することで、「印欧祖語」という今は失われた段階を理論的に再建することが可能である。そのため、直接的な資料のない先史時代を検討に加えることができる。もちろん、データの制約上、再建には限界もあり、例外を排除する一般化の傾向は否めない。結果、印欧祖語から個々の語派・言語に至る流れは単純な線のように捉えられることが多く、分岐点となる中間段階の言語学的特徴を突きとめることは常に困難を伴う。ラテン語を含むイタリック語派もその例に漏れない。しかし、21世紀に入ってからも分野の精緻化はさらに進み、本研究プロジェクトも上記の難題に取り組んだ4年の間に、音韻・形態・意味の領域においてバランスよく成果をあげることができた。 最終年度については、動詞語根から行為名詞を派生する2種類の接尾辞に関する研究が論文として出版された。両者は古典ラテン語においてとりわけ対比的に使い分けられているわけではないが、本研究によりラテン語と印欧祖語との中間段階において、アスペクトに関して対立的な関係にあることが分かった。もうじき出版が予定されている論文でも、やはり別のある接尾辞がアスペクトと深い関係にあることを示した。また、最近出版された論文ではラテン語の人名を扱った。起源的に動詞語根から派生された普通名詞であると考え、その形成法が他の印欧諸語でもしばしば見られるパターンであると主張した。これにより、ラテン語の先史の段階において、そうした形態論的特徴がより高い生産性を保持していたと推測される結果に至った。
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