研究課題/領域番号 |
16K02692
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研究機関 | 神戸市外国語大学 |
研究代表者 |
下地 早智子 神戸市外国語大学, 外国語学部, 教授 (70315737)
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研究分担者 |
任 鷹 神戸市外国語大学, 外国語学部, 教授 (40438247)
于 康 関西学院大学, 国際学部, 教授 (90309401)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 視座 / 注視点 / ヴォイス / 誤用 / 非対格 / 項構造 / 情報構造 |
研究実績の概要 |
本研究課題は、他動性をめぐる諸文法形式の用法について、日本語と中国語における認知的視点の相違という観点から解釈を行うことを目的としている。平成29年度の課題は、①中国語のRVCをめぐるヴォイスと「視点」の関わりの解明、②日中双方の言語を目標言語とする日本語及び中国語母語話者の作文における他動性に関わる誤用コーパスの整理と分析、であった。 ①については、下地が中国語学をベースとした日中対照研究、于康が日本語学をベースとした日中対照研究、任鷹が中国語を類型論的に位置付ける試みをそれぞれ進めている。于康と下地は北京大学の彭広陸教授を加えた3名で、第9回漢日対比語言学国際シンポジウム(北方工業大学(中国北京)、2017年8月)において、パネルディスカッション「他動性、視点及びその周辺」を企画した。下地の発表では、中国語におけるヴォイスを語彙、形態論、構文の3つにレベル分けし、それぞれのレベルにおける日本語との対応形式との振る舞いの違いを観察した。于康は、日本語の目的語残存受身文の誤用を対象に、主に有題文と無題文が視点との関わりについて議論を行った。彭広陸氏からは視点をめぐる日中の言語文化的差異に関する具体的で広汎な現象の紹介があった。任鷹の研究成果は、以下の2件の研究発表にまとめられている。「「意味役割」を超えて:中国語の目的語成分の情報的特徴)」(第7回当代言語学国際円卓会議、浙江大学(中国杭州)、2017年10月)、「言語類型論からみる中国語の文法構造生成のメカニズム)」(日中対照言語学会第38回大会、大阪産業大学(大阪梅田)、2017年12月)。 ②については、神戸市外国語大学の専攻中国語講師に協力を仰いで作文原稿を収集し、大学院生アルバイト10名によりデータ化の作業を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
下地は、「日本語と中国語における形態論レベルのヴォイスと「視点」」(第9回漢日対比語言学国際シンポジウム、北方工業大学(中国北京)、2017年8月)において、中国語のRVCが形態論レベルのヴォイス、すなわち日本語における有対動詞と対照すべきレベルであることを示した。その上で、日本語の有対動詞がアスペクト的に複合事態における「際立ち」の相違を言語表現に反映させる(有対他動詞は動作者の意図的な動作の局面を際立たせ、有対自動詞は受動者の結果の局面を際立たせる)こと、これに対して中国語のRVCの方は、事態の時間的推移に伴う概念化者の注視点の推移を語順に反映させる形式であり、いずれの意味役割を主格項とする場合においても常に変化の点的局面に際立ちを与える点で、日本語の有対動詞とは根本的に異なることを明らかにした。 于康は、「目的語残存受身文の誤用からみる有題文と無題文及び視点の移動」(日本語の誤用及び第二言語習得研究国際シンポジウム、湖南大学(中国)、2017年8月)及び、「目的語残存受身文の誤用からみる有題文と無題文の視点」では、日本語の目的語残存受身文の誤用を対象に、主に有題文と無題文が視点との関わりについて論じた。 任鷹は、2回の研究発表「「意味役割」を超えて:中国語の目的語成分の類型論的性質」、「言語類型論からみる中国語の文法構造生成のメカニズム」において、中国語の他動詞文の語順や、RVCの項の意味役割と語順の複雑さが、そもそも項構造による解釈を無理に当てはめようとすることによって複雑に見えているのであり、実は情報構造による解釈でシンプルに説明できることを具体的に論じた。 誤用コーパスの構築については、学生アルバイトによる作文の入力と、予備的なタグ付けの作業が終了している。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度の課題は、演繹的な方法(各自の研究課題)と帰納的な方法(誤用コーパスの作成と分析)を突き合わせ,双方の成果を統合させることである。すでに、任鷹と下地が第26回国際中国語言学会(ウイスコンシン大学マディソン校、2018年5月3日から5月6日)において、任鷹は招待講演、下地が一般研究発表の区分において、それぞれ「言語類型論の観点から見た中国語の文法構造の生成基盤」、「On the Conceptual Structure of "Psych-Verb+死" Compounds and "了2"」という題目で口頭発表を行い、各国から集まった研究者と意見交換をすることができた。前年度までにも「演繹的な方法」については、それぞれの考察が順調に進展しており、相互の意見交換も頻繁に行われている。今年度特に必要となるのは、相互の考察が自身の研究にとって如何なる意義を有するのか、という三者の研究の本格的な統合に向けての議論の深化である。これについて、例えば、任鷹の主張する「中国語の語順は情報構造が決定する」における「情報構造」とは発話者が出来事を捉える思考のフローであるとされるが、それが下地の主張する「注視点の移行」という主張とリンクすることを議論するためには、日本語の対応構造がそうなっておらず、それが学習者の習得を妨げていることを示さなければならない。于康の考察は正にその点に及んでいるので、統合の下準備はかなり整って来ていると言えるだろう。 最終年度としてやや作業が遅れているのが、誤用コーパスの構築と分析である。現段階では学習者の作文のデータ化とタグ付の予備的な作業が完了したのみで、タグ付の精度のチェックとコーパスの構築が今年度の作業として残されている。このコーパスの分析が演繹的方法による主張の裏付けとなるので、今年度はこちらの作業に力点をシフトしていくように研究を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
誤用データ入力作業が予定通り進捗しなかったため、次年度のアルバイト経費として算入しておくこととした。
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