研究課題/領域番号 |
16K02723
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研究機関 | 山梨大学 |
研究代表者 |
長谷川 千秋 山梨大学, 総合研究部, 准教授 (40362074)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 仮名の成立 / 平仮名 / 土左日記 |
研究実績の概要 |
9世紀後半から10世紀にかけて記された仮名墨書土器、漆紙文書の考古学的発見が近年相次いでいる。これらの資料は、仮名の成立を、上代の仮名と中古の仮名の連続性と非連続性という観点で考察する際の好資料となる。28年度の研究は、これらの資料に基づき、文字としての仮名の成立要件と、仮名成立後の仮名と漢字の機能差を考察したことが主要な成果である。中古に、文字としての仮名が成立するが、成立後も仮名とともに漢字が使用され続ける。仮名とともに漢字を使うこととはどのようなことであるのか、仮名と漢字の機能差はどこにあるか、という問いは仮名成立において提起されるべきことがらである。 文字としての仮名の成立要件として、Ⅰかたちとしての成立、Ⅱ機能としての成立、Ⅲ社会の中で成立すること、Ⅳ仮名で書くことに必然性があることを整理した。ⅢはⅠの付帯条件である。新しい文字が成立する際、萬葉仮名と通称されるこれまでの文字、真仮名との関係性が全く失われることは、成立間もないという状況ではありえない。ということは真仮名への還元可能性がどこかで担保されなければならない。Ⅳは、冗長な仮名書きのデメリットが活き、漢字の意味喚起を払拭して日本語を書くことの有効性が見られるということで、Ⅱの付帯条件である。 仮名に漢字を交えることの機能差については、仮名書きに漢字列が、語/句レベルなど、どのように交じるかで分類した結果、句レベルで漢字列が交じる場合は、判断・評価などの微妙なニュアンスを伝達する句を仮名が請け負い、手続きや事態の経過など叙述的な句を漢字が請け負い、伝達内容によって漢字列と仮名列の切り替えが起きていることを明らかにした。 土左日記で漢詩を漢字で書かないのは、文学的行為として漢字列を排除する表記体が選択された結果であり、こうした表記体の延長に11世紀の仮名を主体とする和歌表記が位置づけられることを論じた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
交付申請書「研究目的」にある「9世紀後半の平安京右京三条一坊六町(藤原良相邸)出土平仮名墨書土器について、萬葉仮名の成立条件と平仮名の成立条件の接続、漢字との対立、文字の書記目的と選択される文体との相関性を視野に入れ、表記史への位置づけを行う。」および「平仮名墨書土器の解読を再検討し、書記目的と和歌を土器に書くことの意義を明らかにする」について、次のような点において十分な成果を上げることができた。 1.二種の仮名の成立条件について:表記史に、9世紀後半の藤原良相邸出土墨書土器を過不足なく位置づけるためには、良相邸墨書土器だけでなく9、10世紀にかけて記された仮名資料も含め位置づける必要がある。このような視野に立ち、鈴木(2013)の作成した9、10世紀の仮名資料一覧20点に、その後発見された2点を加え、計21点を考察対象として、中古の仮名の成立要件を整理することができた。今後は上代の仮名との連続性と非連続性をさらに検討することが課題として残っている。 2.漢字との対立、文字の書記目的と選択される文体との相関性について:9、10世紀の仮名資料において、漢字表記の混在様式を分類することで、仮名列と漢字列に伝達内容による切り替えが起きていることを明らかにすることができた。これにより、仮名を主体とする土左日記の表記体は、ジェンダーによる消極的な選択結果ではなく、文学的行為として漢字列をあえて排除した結果の産物であり、こうした表記体の延長に11世紀の仮名を主体とする和歌の表記体が位置づけられるという、非日常的な文書における表記の連続性があることを明らかにすることができた。 3.平仮名墨書土器の解読について。平仮名墨書土器の解読に向けて、9、10世紀の仮名資料のうち確実に解読できる仮名字体に絞り、資料ごとに臨模による使用仮名字体の一覧表を作成した。
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今後の研究の推進方策 |
29年度は、前年度の研究成果をふまえ、下記の研究を進める。 1.上代の仮名と中古の仮名の連続性と非連続性について検討する。仮名の成立をめぐっては、上代の仮名の成立に関する研究の進展がめざましい。中古の側からみて、文字としての仮名の成立をどのように記述するのがよいか、上代の仮名と中古の仮名の連続性と非連続性を視野に入れて考察する。2.仮名字体の変遷からかたちとしての成立を捉える。真仮名をくずすことで中古の仮名が成立するのではないのだとしたら、どのように仮名のかたちが成立したのかを具体例に基づき理論面で補強しながら考察していく必要がある。3.平仮名墨書土器の解読を再検討し、土器に和歌を書くことの意義目的を明らかにする。前年度に作成した仮名字体一覧表により、文字のかたちから解読の妥当性を検討する。解読を再検討することともに、土器に歌を書くことの意味を『宇津保物語』『伊勢物語』などにある土器に和歌を記すという記述を参考にしながら解明する。 研究の推進方策は下記の通りである。 1.大学院の授業で本研究を取り上げ紹介することにより、研究を計画的に進め、その成果を学生に還元する。2.仮名の成立を課題とする科研グループが複数あり、それぞれ別々に進めている研究課題を持ち寄り研究発表と討議を行う、「科研合同集会」を8月下旬に二日間に亘って開催する。上代側の研究成果と中古側の研究成果の交流を行い、それぞれの科研費研究を推進することとする。3.1と2の成果を論文にまとめ、論文発表を通して研究交流を行う。4.最終年度に自主的に研究成果報告書を作成することとし、最終年度に向けて作成に着手する。なお、報告書は、論文と紙幅の都合で論文に掲載することのできない調査データ(資料編)から成る。
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次年度使用額が生じた理由 |
使用した金額の中で十分な研究成果を上げることができたため、年度末などに無理に助成金を消化することはせず、次年度に繰り越すことで、より計画的・より有効に助成金を使用することとした。
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次年度使用額の使用計画 |
66,457円の未使用の金額が生じているが、次年度は、仮名の成立を課題とする科研グループが複数あり、それぞれ別々に進めている研究課題を持ち寄り研究発表と討議を行う「科研合同集会」が京都大学で二日間の日程で行う計画が28年度中に持ち上がってきた。そこで、合同集会に参加するための旅費に充てることとしたい。
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