本研究の目的は、「構文」という単位の持つ、形式と意味の慣習的結びつきに関する知識が、実際の言語使用場面での意味生成・理解のプロセスにおいて重要な役割を果たすということを、日本語文法論の立場から論じることである。 昨年度までは、構文に関する知識により、逸脱文の生成や解釈がなされていることを明らかにするため、逸脱文の実例の持つ構文的特徴の残存の分析や、構文的特徴の濃淡に対する母語話者の許容度の変化を調査してきた。特に、後者については、構文的知識を持っていることを前提とし日本語母語話者への調査のみを実施してきたが、本年度は、その比較として、日本語学習者(非母語話者)の容認性判断調査を行った。 その結果、逸脱的な「のを」「のが」の文に対して、学習が進むにつれて日本語学習者は母語話者のような柔軟な解釈をむしろ行わないようになり、逆に許容不可とすることが多くなることがわかった。母語話者は、構文的知識を解釈のための「鋳型」として用いて、不足する意味を柔軟に補足したり、顕現する言語形式の意味を変容したりするのに対し、日本語学習者は、構文的知識を「規範」として捉え、意味理解を停止してしまうということである。 本年度に加えた調査により、現代日本語の自動詞構文・他動詞構文の拡張としての、接続助詞的な「のが」「のを」の文の意味生成・解釈に構文的知識が有用に働いていることが、さらに明確になった。これまで逸脱的な「のが」「のを」の文を例として主張してきた、慣習的構文的知識の意味理解課程に果たす重要性が、異なる視点からも検証できた。
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