研究課題/領域番号 |
16K02758
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研究機関 | お茶の水女子大学 |
研究代表者 |
野口 徹 お茶の水女子大学, 基幹研究院, 教授 (20272685)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 照応 / 束縛理論 / 再帰代名詞 |
研究実績の概要 |
令和3年度は本研究の6年目に当たる。5年目までの研究で、日本語の再帰化が文法のモジュール間に分散されているという案を提示した。それにより、Reinhart and Siloni (2005)の「語彙・統語パラメター」が日本語のように再帰形式を豊富に持つ言語については課題となるが、Marelj and Reuland (2016)の修正案を受け、日本語には統語的接語が存在しないため、統語的操作としての「束ね」は生じないものの、その他の語彙的・統語的再帰化が行われていることを示した。 その一方で、日本語のように、複数の再帰形式を持つ言語においては、それぞれの統語的・意味的性質が十分に明らかにされたとは言えず、検討課題となっていた。この問題について、Charnavel (2019)による「単純な」(plain)照応形と「免除された」(exempt)照応形の区別を元に、日本語の複合再帰形式「自分自身」と「それ自身」について検討を行った。Charnavelの提案では、無性照応形は免除された照応形になることができず、免除された照応形は有生性を持つものでなければならない。この観点から、複合再帰形式は非局所的な束縛を受けないとの従来の想定に対するHara (2002)が指摘した反例が原理的に説明されるという観察を得た。従って、Charnavelが示した2種類の照応形の区別が日本語にも適用可能であることが判明した。 しかしながら、今後の課題も残る。とりわけNishigauchi (2014)は、意識主体照応性(logophoricity)と証拠性(evidentiality)との関連付けにより、単純再帰形式「自分」の性質の説明を試みているが、複合再帰形式との関連付けは十分なされているとは言えない。より包括的な視点に基づいた検討を要する問題であり、これを次年度の課題としたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和3年度に行う予定となっていた研究は、新型コロナウィルス感染症の影響により多少遅延せざるを得ない状況となった。所属研究機関における職務に当初の予定を大幅に超えた時間を費やすことになったためである。 その一方で、主に夏季休暇期間を利用して、複合再帰形式の統語的・意味的特性に関する研究を進め、その成果を所属研究機関発行の機関紙『お茶の水女子大学人文科学研究』(第18巻)において発表することができた。本研究の6年目までを総合的に考えた場合、以下の点で概ね評価に値すると考える。(1)日本語において多数の異なる再帰形式が存在するという事実に対して概ね妥当な結論を導き出した。(2)再帰形式が生じる名詞句内の構造的特徴について検討を進めた。(3)複数の再帰形式に共通した束縛の特性が導き出せる可能性を示唆した。(4)3度にわたる学会発表及び7本の論文の形で公表した。 ただし、本研究課題は、日本語と英語の再帰形式の文法化について、記述的・理論的考察を行い、照応理論に対する理論的帰結を得ることを目標にしている。日本語と英語の再帰形式の形態統語的及び意味的な考察については行っているものの、文法化の問題については、通時的視点から検討を行う必要があり、これまでに予備的な検討を行ってはいるものの、現時点で十分とは言えない。また、再帰代名詞の意味的特性として意識主体照応性を形態統語的特性とどのように関連づけるのか考察が必要である。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究成果を踏まえ、諸言語に見られる再帰形式の名詞句内の構造的特徴と意味的な特性との対応について、更に考察を進める。具体的には、以下の段階に沿って考察を進める。 (1)日本語、英語、その他の言語の再帰形式の構造的・意味的特性について、特に意識主体照応性に焦点を当てて、これまでに明らかになった点について取りまとめを行う。 (2)上記の検討をもとに、再帰形式の統語的・意味的特性の相関性について、理論的に妥当な説明の方向性を検討する。 (3)本研究課題を総括し、今後の検討課題を明らかにする。 今年度は本研究の最終年度であるが、できる限り上記(1)から(3)まで段階的に検討を進める予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
出版が見込まれていた図書の出版が遅れたこと、及び予定していた国際学会への出席ができなかったことにより、次年度使用額が生じた。令和3年度に出版される図書の購入を進め、使用する予定である。
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