令和4年度は本研究の最終年度に当たる。6年目までの研究で、Reinhart and Siloni (2005)やMarelj and Reuland (2016)による修正案を元に、日本語の再帰化が文法のモジュール間に分散されているという案を提示した。 その一方で、Charnavel (2019)は、照応形を「単純な」(plain)照応形と「免除された」(exempt)照応形の区別を元に、無性照応形は免除された照応形になることができず、免除された照応形は有生性を持たなければならないという案を提示している。この提案が日本語のように複数の再帰形式を持つ言語においてどの程度有効であるのかという新たな課題を本研究に設定した。この課題を検討することにより、複合再帰形式が非局所的な束縛を受けないという従来の観察に対する反例が原理的に説明できる可能性があることが明らかとなった。また、Nishigauchi (2014)は、意識主体照応性(logophoricity)と証拠性(evidentiality)との関連付けにより、単純再帰形式「自分」の性質の説明を試みているが、複合再帰形式との関連付けは十分なされているとは言えず、日本語の再帰形式が持つ多様性をより包括的な視点から文法に位置付ける枠組みが必要となることを新たな検討課題に据えた。 更に最終年度では、Ahn (2015)による英語の再帰形式の認可に節の態投射(VoiceP)が重要な役割を果たしているという提案を中心に検討を行った。この提案は、局所的な照応形は統語的に認可されるという点では、従来の生成文法理論の認識を大きく変更するものではないものの、態投射が関与するという点は従来の分析には見られなかった見解であり、日本語の多様な再帰形式との関係についても今後の検討課題となることを確認した。
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