研究課題/領域番号 |
16K02765
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
藤田 耕司 京都大学, 人間・環境学研究科, 教授 (00173427)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | シンタクス / レキシコン / 概念併合 / 反語彙主義 / 言語進化 / 運動制御起源仮説 / 統語・語彙平行進化仮説 |
研究実績の概要 |
本研究は,従来型の個別言語の記述的・理論的研究を行う生成文法と言語進化研究をはじめとする学際的研究を行う生物言語学を架橋することを目的としており,28年度は日本語や英語の語彙的・統語的現象の分析に進化言語学の知見を活用する方法論を検討した. これまでの生成文法では統語(シンタクス)と語彙(レキシコン)は独立した文法モジュールとして扱われることが多く,生成文法を理論基盤とする言語進化研究においても,シンタクスの進化とレキシコンの進化を別個の事象として捉え,異なる進化シナリオを想定することが常であった.一方で,本研究代表者は早くからシンタクスとレキシコンの区別を撤廃し,語形成もシンタクスで行う「反語彙主義」を提案してきたが,近年,分散形態論等,同じ観点からの生成文法研究が活発化している. この方向が正しいものであるとすると,理論研究と同様,言語進化研究に対しても,シンタクスとレキシコンに共通の進化的ルーツがあり,両者はそこから別れて進化したものであるという可能性が浮上する.本研究では,人間言語固有の回帰的統語演算操作とされる「併合(Merge)」が,シンタクスのみならずレキシコンの進化をも可能にしたという新たな仮説(統語・語彙平行進化仮説)を着想し,これを海外ジャーナルの招待論文や国内学会の基調講演・招待シンポジウム等で発表した. 語の内部にも文と同様の階層構造が存在しており,そのような構造を生み出しているのは併合に他ならないとするのが,この仮説の主旨であるが,これに基づき,創造性や生産性という人間言語のレキシコンの特異性を説明することを試みた.また,このような階層構造の存在は構造的曖昧性という現象をもたらすため,言語がコミュニケーション効率の観点からは機能的ではない側面を持つこと,従って進化における言語の本来の適応価はコミュニケーションに限定されるべきではないことを主張した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまで,人間言語のレキシコンは,外界の事物を直接的に指示するのではなく,言語使用者の心的表象を通じた抽象的概念を表すという特性があり,他種の語らしきもの(例えば霊長類の警戒コール)とは決定的に異なることが指摘されてきたが,そのような特性(「指示性の欠如」「心への依存性」)がどのようにして進化し得たかはまったく不明であった.本研究では,この問題に対し,人間言語は抽象的概念を併合によって階層的に組み合わせ,これを文や語として外在化しているという点に解決の糸口があると考え,その実証的検討に必要となる先行能力の同定を比較認知科学の知見を援用して行うという研究方略を提案した. 人間言語のレキシコンは語彙範疇(ないし分散形態論の「ルート」)と機能範疇から構成されるが,このうち語彙範疇は概念を担い,機能範疇はこれに具体的な指示性を与える.このような分割が起きたことが「指示性の欠如」や「心への依存性」という特性をもたらしたと想定し,その分割を可能にする分節化のプロセス(Okanoyaらの「音列・状況相互分節化仮説」)を検討した.同じ分割は,人間言語においては認知的情報と情動的負荷が分離されているが,動物コミュニケーションは両者が混然一体となっているという重要な対比をも説明できると考え,研究対象の拡充の可能性についても検討した.また他種に既に語彙範疇と機能範疇に相当するものが選択的に存在しており,人間言語ではこれらが統合されたとする先行研究(Miyagawaらの「統合仮説」)について検討し,その問題点を指摘した.
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今後の研究の推進方策 |
28年度は言語進化,特にシンタクスとレキシコンの平行進化を主軸においた大局的な研究が中心であり,個々の言語現象の分析については今後の課題として残した.日本語や英語の他動性交替(中間動詞を含む)や受動文生成といった,これまでは純理論言語学的・記述言語学的な観点からのみ考察されてきた現象に対し,言語進化のメカニズムに根ざした新たな分析方法を提案することを目指す. そういった分析の基本指針としては,併合の適用様式の違いとしてPot型併合(Pot-Merge)とSubassembly型併合(Sub-Merge)の2種を認め,各言語・各表現においていずれが適用されるのかという相違から,観察される統語的・意味的差違を導出することを試みる.また共時的な比較だけではなく,通時的言語変化,さらに言語発達においても,より単純なPot-Mergeから複雑なSub-Mergeへの推移として説明できる現象があることを指摘していく. もともとこのPot方式とSubassembly方式の区別は,本研究代表者が併合の進化的前駆体として考える「行動文法」(P. Greenfield)について提案されたものであるが,これを併合の適用様式に拡張した本研究の分析方法が有効であるなら,それは併合の進化についての本研究代表者の「運動制御起源仮説」と,両併合を用いた言語分析の双方の妥当性を裏付けることにつながり,その意義は大きい.
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次年度使用額が生じた理由 |
海外共同研究者のCedric Boeckx氏を28年12月に招聘する予定であったが先方のスケジュールの都合が合わずに実現せず,そのため次年度使用額が生じた.また学会発表は旅費先方負担の招待講演が多かったこと,28年度に購入予定であった高額図書の出版が遅れており,未購入であることも一因である.
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次年度使用額の使用計画 |
上記C. Boeckx氏を29年度中に招聘し,共同研究を推進するとともに京都大学その他での招待講演を行う計画である.上記高額図書は29年度中に出版予定であり購入する.
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